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2009年9月16日 (水)

第6回 子ども学会議(2)★早期教育

第6回 子ども学会議(2)

[第6回 子ども学会議(1)]の続き




9月12日(土)のランチは、お茶大の学食で。

雨が降って肌寒かったので迷わず「温かき揚げうどん」を注文。
360円。さすが学食(笑)。

メニューを見ると、うどんは、そばより50円も高い…。
原料の小麦粉はそば粉より安いはずでは?? 
などとつらつら考えながらうどんを味わう。

お腹を満たした後は、「今、早期教育を考える」のシンポジウムに出席。

これは、いろいろ考えさせられることがあり、
なかなかまとめるのが難しい~

親としては、子どもの能力は最大限伸ばしてあげたいし、可能性は広げてあげたい。

良かれと思ってしたことが悪影響を及ぼすこともあるし、機会を逸して手遅れになり後悔することもある。「早ければ早いほどいい」とは単純には思わないけれど、ではどうしたらいいのだろう? と周りにあふれる情報に戸惑い、悩み、途方に暮れることも多い。

……という私(親)としての心情は、まず置いておき、冷静に「早期教育」とは何かを考えてみる。

第一に、

「早期」って何を指しているのか?

「絶対的年齢」か?、「相対的年齢」か?

「絶対的年齢」としてよく聞く「3歳児神話」。
この「3歳」をすぎると教育の効果は得られないのか? 
「3歳」までに教わったことは半永久的に失われることはないのか?

「早期教育」、通常、ある年齢で行われる教育を、「早期」に「教育」
すれば、より良い効果が得られるのか? 
教えれば教えるだけ伸びるのか? 
早ければ早いほどいいのか?

第二に、

早期教育によって「獲得する能力」は、
新規に開発(創発)されたものなのか?
既存の能力の進展(発展)なのか?

つまり、「白紙の状態」の紙に絵が描かれるようなものなのか?
すでに描かれている絵に、新たに絵が描き足されたり色が加わったりするようなものなのか?

午後のシンポジウムでは、次の研究者が登壇し、それぞれの研究内容について新たな視点が提示された。

このなかで、「早期教育」にまつわるさまざまな疑問をさらに考えてみる。

 「音感の発達を通して早期教育を考える」

    榊原彩子先生(お茶の水女子大学非常勤講師 教育学博士)

「認知神経科学から見た早期英語教育
   ―――臨界期仮説を巡って」

    有路憲一先生(信州大学准教授)

「才能教育から見た早期教育」

    松村暢隆先生(関西大学教授)

の榊原先生の話で衝撃的だったのは、「絶対音感」について。

「絶対音感」は訓練なしに自然に身につく可能性が約0.2%と非常に稀な能力であるにも関わらず、5歳未満で訓練すれば100%身につく、という榊原先生の言葉に驚く。

だって、100%ですよ!

しかし、6歳になれば、それが50%以下、8歳以降では0%となるそうで。
それもまたびっくり。

それって、適切な時期を過ぎたら、もはや教育効果は得られないということ!?

の有路先生の話で衝撃的だったのは、「第2言語習得に臨界期はない」という主張。
つまり、この主張はの榊原先生の話と正反対。

認知神経科学(脳科学)から科学的に考察して導かれた結論が、
「英語の習得は、大人になってからでもネイティブレベルまで熟達できる」ということ。

つまり、英語を勉強するのに、「時、すでに遅し」と嘆く必要はないということ?

の松村先生の話では、「あっ、それなら知ってる!」というお話が聞けたので、
なんだか嬉しく得意な気分になる(笑)。

学校で、子どもが先生に「それ知ってる!!知ってる!!」と叫びたくなる気持ちがわかる感じ(^^ゞ。

知っていたのは、「MI理論」。「知の翼」の教材と一緒に届く情報誌にも出てきていました。

人間の「知能」を測定しようと言う試みは古くからありました。その多くは知能を「一つの指標(たとえばIQ)」で測ろうとしていましたが、一方で「一つの指標」だけで人間の知能が測れるのか、と言う疑問はつねにありました。さまざまな議論を経て生まれたのが、ハーバード大学教授のハワード・ガードナー氏による「多重知能(Multiple Intelligences=以下MI)」の理論なのです。
この理論の中核にあるのは、「知能は単一ではなく、複数ある」「人間は誰しも複数(現在は8つ)の知能を持っている。長所やプロフィールが個人によって違うように、人によってある知能が強かったり、ある知能が弱かったりする」という考え方

http://www.edu-net.jp/nnk/multiple_intelligences/mi/

松村先生が示した「才能教育」とは、障碍児への教育、つまり特別支援教育と、ふつうの授業についていけない生徒(これは「できない」子だけでなく、「できる」が故に授業についていけない生徒も含む)への教育を指す。

確かに、得意不得意は、だれにでもある。まんべんなく「能力」を伸ばそうとすることは、「得意」なところを平らかにすることに等しいことなのかもしれない。

それゆえに松村先生は、得意なところを伸ばし、その得意なところを利用して苦手な部分を克服するのがよい、と言っていた。

まあ、

子どもが得意なこと、興味があることを見つけて活かす

個性に応じて学ぶ機会を提供する

というのは、
言われなくても、ごく当たり前のことと思えてしまうのだけど。

ちなみに、「自分の得意な知能」を調べてみたら、こんな結果が

Mi_5
http://www.edu-net.jp/nnk/multiple_intelligences/mi/
 

何だか「平凡」かつ「論理・数学的」知能がへこんでいて、けっこうショック(笑)。

得意を活かして苦手を克服・・・・・・できるのか!?

シンポジウムを終え、「早期教育」について改めて自分なりに考えてみる。。。

[つづく]

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