« 餃子たんじょう日 | トップページ | 目ヂカラ »

2009年10月17日 (土)

Image1076

昨夜、保育園に息子を迎えに行くと、ぽつんと一人。絵本を読みふける。

私が読もうか、と声をかけると、自分で読むと強い意思。

息子はゆっくりゆっくりページをめくる。

一文字一文字、文字を読む。

私はだんだんイライラする。

お迎えがいつも最後になることの罪悪感。先生を待たしていることへの申し訳なさ。早く夕食をすまして早く寝かしてやりたい焦燥感。イライラ…、イライラ……

早くして…

どうしよう、私、爆発しそう…

そのとき、保育園の先生のやわらかい声。

「さっき、パズルを片付けようとしたお友だちの手元がくるってパズルが落ちてピースがひろがっちゃったんですが、teteジュニアくんが、自分が代わりに片付けるから帰っていいよ、と言って、お迎えが来たお友だちを帰してあげたんですよ~。teteジュニアくん、かっこよかった~!」

私を爆発寸前で救った先生の言葉。

息子を親を、勇気づけた先生の言葉。

それにしても、「かっこよかった~!」とは、なんて素敵な言葉だろう。

「えらかった」でもなく、「よく出来ました」でもない言葉。

夜、お風呂に入りながら息子に聞く。

「言われると、うれしい言葉ってある?」

息子の答えは、

「怒られなければ何でもいい。ぼく、怒られると、気持ちがしょぼんってなっちゃうんだよね~」

親は子のためを思い、良かれと思って発している言葉でも、肝心の“思い”の部分はすれ違い。

親や先生が子どもを伸ばすのではない。

子ども自身が、自分の力を伸ばしていけること。

子ども自身が、自分の力を信じて、困難に立ち向かっていけること。

私は、その支援者として、息子や子どもたちと関わりたい。




少し前に、知り合いのブログで、こんな記事を読んで感動した。

これまで、自分のつくったものに対して
いろいろなことを言われてきたけれど

深く心に残っている言葉は
ほんのわずかだ


大学時代
俺が書いた最初の戯曲を読んでくださったS教授
彼が俺にかけてくれた言葉も
そんな数少ない
忘れられない言葉の一つだ

君はこの一言で、
ドストエフスキーが100ページ使って言おうとしていることを
表現しようとしたんだろう?

俺は返事が出来なかった

そして俺の人生は、ある意味
この一言で方向づけられた
そう言っても過言ではない

人生には確かにそんな言葉がある

俺は
まだS教授を
芝居に呼んだことはない

やや長き沈黙】の「S教授」より

とても印象的な脚本を書き、観劇者の心に深い余韻を残すような演出をする知り合いのHさん。

S教授の言葉は、Hさんを勇気づけ、Hさんは我が道を進み続ける原動力を得た。

たった一言で。




今朝の新聞にも印象的な記事が載っていた。

史上最年少で囲碁名人になった井山裕太さん(20)が「デビュー」したのは小学校に入る前、6歳のときである。小さな碁盤を使った民放の「ミニ碁」大会だった。司会の女流棋士が心配して「計算できる?」と聞いたそうだが、みごと5人抜きで優勝した ▼関係者たちは、この井山少年をプロに育てるため誰が指導するか話し合った。(略)▼天才の師匠に選ばれた石井邦生九段(67)にお鉢が回った。(略)▼天才の師匠に選ばれた石井九段はある決意をした。教えすぎて個性をつぶさないことだ。だがそれは碁の内容についてで、盤外の礼儀は厳しく教えた。対局開始の「お願いします」から終わったときの「ありがとうございました」まで、失することは許さなかった ▼以上は石井九段が近著『わが天才棋士・井上裕太』で紹介している。自らを「師匠バカ」と認めており、随所でその成長がうれしくてたまらない様子がわかる。実にほほえましい。「私は井山が道を踏みはずさないようにしただけ」と書いているのも印象的だ (以下略)

2009.10.17「産経新聞」の【産経抄】より

天才の師匠に選ばれた石井邦生九段の師としての立ち位置に感銘する。

「教えすぎて個性をつぶさない」という師としての決意。

主役は子ども。その子らしく。子ども自身が自分の力を育てていけるために。




入社したばかりの頃、

私は、「どんな人になりたいですか?」と聞かれ、

「笑顔の似合う、おばあちゃんになりたいです」と答えた。

私たちを研修してくれていたN先生は、

「あなたは、おばあちゃんになるまで、自分は笑顔が似合わないと思っているんですね」

と言った。続けて、

「どうして、なりたい自分を先延ばしにするんですか? いま、自分がそう思えば、なりたい自分になれるのに」

!!!

w(゚o゚)w

!!!

大事なことを教えてくれたN先生

私の心の師。

今も、多くの人に勇気を与えている。

|

« 餃子たんじょう日 | トップページ | 目ヂカラ »

教育・学び」カテゴリの記事

コメント

N先生、懐かしいなぁ。
私にとっても、すごく印象に残る先生です☆

投稿: アネモネ | 2009年10月17日 (土) 16:00

N先生の言葉、示唆には、研修当時僕も救われました。

Impossible

「ちょっと手を加えるだけで、とってもポジティブな言葉になるよ。」

?? そしたらNさんはおもむろにペンを取り出して、点をチョン。

I'mpossible(ぼくはできる!)

!!

すごく印象に残ってます。もう14年も前の話なのに、昨日のことのように。

投稿: negi-chang | 2009年10月17日 (土) 16:34

おお! N先生へのコメントがうれしい(*^^*)。
懐かしいね〜
I'mpossibleのエピソード、私も思い出したわん♪

投稿: tete | 2009年10月17日 (土) 21:06

すごく感性豊かな息子さんですね。
「怒る」と「叱る」は違います。この違いを感性ではっきりと識別しているんですね。例えて言うなら「怒る」はイガイガの心のボールを投げつけるようなもんです。「叱る」は中心がオレンジ色のボールをそtっと渡すようなもんです。これをちゃんと区別できる感性って素晴らしいです。大人として、今、自分が怒っているのか叱っているのか、判別する方法として、直後に微笑むことができるかどうかです。(毎回微笑む必要はないですけど)
これを、普通に実践する秘訣があるんですが、またの機会に。

投稿: 匿名希望 | 2009年10月22日 (木) 00:43

匿名さん、こんにちは!
なるほどなるほど、「怒る」と「叱る」。
私も、いまは“感情”に操られているなあと思うときと、“理性”が働いているなあと感じている時があります。
でも、直後に微笑むことができるかどうか、で「怒る」と「叱る」を判別できるなんて驚きました。
「普通に実践する秘訣」って!?
そこ、肝心なことですよ~、こんど教えてくださ~い
φ(・ω・ )メモメモ

投稿: tete | 2009年10月22日 (木) 09:36

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/159166/31815649

この記事へのトラックバック一覧です: :

« 餃子たんじょう日 | トップページ | 目ヂカラ »