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2011年4月の9件の記事

2011年4月25日 (月)

それから

もういない

会えない

さびしい

悲しい…

けど、それは口にはしないで、

最期に笑ったね。

泣き言いわなかったね。

あっという間に消えちゃったね…

母と尽きない父の思い出話。

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2011年4月24日 (日)

4月21日(月)

4月21日(月)


4月21日(木)、としくんは遠足。

お弁当は何がいい?

の質問の意味は、おにぎりとかサンドイッチとか玉子焼きとか、お弁当の中身は何がいい?ということだったのだけれど、

としくんは迷わず「ポケモンがいい!」と即答。

それで、その日の朝は、想像力と創造力を駆使して限られた食材の中から海苔とタラコをチョイス。

何とか出発ギリギリにお弁当が出来上がる。

ホッとした途端に、よしくんの世話をしていた夫からSOSの声。

汚れたよしくんをお風呂に入れながら、行ってらっしゃい!と大声でとしくんに声をかける。

さっぱりしたよしくんに服を着せ、母に電話。

会社を休めたから、これからよしくんとお見舞いに行くからね。

余命一ヶ月と宣告された父。私にできることは、なるべく多くの時間を共にすごすこと。父に寄り添い、手をにぎること。

出かける前に父に見せるための写真をプリントアウト。写っているのは、五月人形の前で笑っているとしくんと、としくんに抱っこされたよしくん。

五月人形は、初節句を迎えるよしくんにと、具合が悪いのにも関わらず、父が母といろいろ探しまわり、贈ってくれたもの。

先週末お見舞いに行ったときは、ベッドに腰掛け、としくんとピースまでして写真におさまったお茶目な父。

五月人形の写真を見たら、どんな顔をするかな?

ああ、そうだ、昔よく聞いたCDも持って行こう。

「みかんの花咲く丘」「花」「この道」……懐かしい曲を聞いたら、なんて言うかな?

外に出るとポツポツ雨。

としくん、遠足は大丈夫だったかな…

気になりつつ、運転に注意しながら父のもとへ。

父の喜ぶ顔を当然のように期待していた私。

ところが、四日ぶりに再会した父の意識は、もうほとんどない状態。

それでもまだ余命は一ヶ月はあるのだからと、母は父の生命力を疑わず、4月28日の父の誕生日を一緒に迎えられるはずだと思っていた。

時折、苦しそうに眉間に皺を寄せ、身をよじる父。

苦しそうだから、とナースコールで点滴をお願いする。

来週はお誕生日なんだから、と言いながら、父をさすって励ます母。

母といったん病室をでてお昼ご飯をすませてから病室に戻る。

父の食事を介助してくださった方が、「ご主人はお昼ご飯に豆腐を三口召し上がりましたよ」
と声をかけてくる。

母はとたんに顔を輝かせ、「まあ嬉しい!」と介助の方の手をとりながら、「私だと、スプーンで口に運んでもほとんど食べなくて。本当にありがとうございます!」と大喜び。

食事を口にしたはずの父は、やはりほとんど意識がなく、時折苦しそうに手を動かす。

母は「大丈夫、大丈夫。この点滴が終わると楽になるからね」と父を肩をさすり続け、私はよしくんを背負いながら、むくんだ父の足を懸命にマッサージ。

母が洗面所に立ったとき、また苦しみ出した父を前に私はもはや冷静ではいられなく、

「ああ、代わりたい!代わってあげたい!どうすればいいのかわからない。ごめんね、ごめんね」と叫ぶように話し掛けながら堪えていた涙があふれだす。

母が帰ってくるのと入れ替わりに廊下に出た私は、泣きながら夫に電話。

「父が死んじゃう…。としくんと早く来て…」

縁起でもないと言いながら、それで私の気が済むのならと、夫は仕事を休んで来てくれることを了承。

電話を終えて病室に戻ると、点滴を終えた父の目が開いていた。

まだ、だるい?

尋ねた私に小さく頷く父。

意思が通じた喜びが私を駆けめぐる。

自然に口をついて出てきたのは「みかんの花咲く丘」の歌。

私が赤ちゃんのときによく母がうたってくれた思い出の歌。としくんにも、よしくんにも、よくうたう歌。

歌いながら、父をとんとん。

父の表情が和らぐ。

途中から母が引き継ぎ、「みかんの花咲く丘」を繰り返し歌い続けながら、父をとんとんし続ける。

「喜寿には旅行に連れていってくれるんでしょう?どこがいいかねえ」、「もうすぐお誕生日だねえ、お祝いは何がいいかねえ」、歌の合間に母は父に語りかける。

夕方になり、遠足帰りのとしくんが、リュックサックを背負ったまま到着する。

みんなで父を見守り、歌い、さすったり手を握ったり。

喉が渇いた? お水飲む?

父が頷き、母が吸い飲みを父の口にあてる。

歯が気持ち悪い? 歯を磨こうか?

父が頷き、母は父の歯に小さなブラシをそっとあてる。

みんなが会いに来てるよ。

父が急に一人ひとりの顔に焦点をあてる。

おお! よく来てくれたなあ!

というように、パアッと父の顔に笑顔の花が咲く。

声にはならなかったけれど、ありがとう、と口を動かす。

母は安心したのか、父が回復したと思ったのか、

私たち家族に夕ごはんでも食べておいでと言い、

父には、そろそろぐっすり眠ったら? と話し掛ける。

父は目を閉じることなく、空を見つめながら、あえぐように息を吐いて、必死に吸い込む。

しばらくそうやって、

穏やかに

眠るように

私たちに最高の笑顔を遺して

18時47分、父は静かに呼吸をとめた。

享年71歳。

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2011年4月20日 (水)

一夜明け

一夜明け

今朝の空は

やわらかい青。

たおやかな雲。

桜並木は、同じようにそこにあるのに、

昨日とは別の顔、たたずまいを見せる。

今朝の桜の木は、

すべてを知って、

すべてを委ねて、

穏やかでたくましくどっしりしていて、

見上げる私を優しく包んでくれる。

行ってきます

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2011年4月19日 (火)

ざわざわ

ざわざわ

雨がポツポツ…

頭上には厚く垂れ込めた雲。

かなり上の方は風が強いのか、目まぐるしく雲が流れる。

時折のぞく晴れ間。

桜の木が風にたなびく。

花はほとんど散り、桜の木の面影が消えつつあるのを眺めながら、私はよしくんのお迎えに急ぐ。

自然の移り変わりはとめられない。

どんなに桜が好きでも。

どんなに桜が大事でも。

心がざわざわ

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2011年4月17日 (日)

お見舞い

お見舞い

大腸から肝臓にガンが転移。

自宅で抗がん剤治療を頑張ってきた父が

おととい入院。

弱音や愚痴を吐かず、

ひたすら

娘の前では明るく元気に振る舞ってきた父。

その父が

昨日お見舞いに行くと、

生きるのに疲れた…

、ポツリと一言。

うん、うん…、そう…

初めて聞いた父の本音に動揺しながら、

うなずき、

父の手をさすり、

腫れた足をさする。

黄疸で黄色くなった父の目。

孫に笑いかける父。

つるつるになった父の頭にさわるよしくん。

寝たきりだった身を起こし、としくんと並んで写真に写る父。

としくんのピースにつられて、思わずピースをした父。

母と、さいごまで笑顔でいようと約束しあった私。

父の前では笑顔の母と私。

今日も笑顔で父に会いに行こう。

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2011年4月13日 (水)

おしりからエール

おしりから無言のエール

昨日は、としくんと一緒に保育園によしくんのお迎え。

久しぶりの懐かしの保育園に、照れて嬉しくて落ち着くとしくん。

よしくんを引き取った後も、としくんは保育園の階段の手すりをすべって思い出にひたりつつ弟に向かって階段ののぼりかたを指南。

ようやくつかまり立ちができて、はいはいもおぼつかないのだから、階段なんてのぼれないよ、なんて思っていたら、ご覧の通り。

おいで!

やってごらん!

できるよ!

はいはいができるんだから!

ほら、こうやって!

ぼくをよく見て!

そうそう!

お兄ちゃんに励まされ、促され、鼓舞されて、

よしくんが階段をのぼる。

よしくんの姿を見かけて集まってきた子どもたちが

階段をのぼり続けるよしくんの後ろ姿に送る拍手と声援と笑い声。

みんなのエールを背中に浴びながら、一段一段、進み続けるよしくん。

これが人間の可能性なのだ、希望なのだ、諦めないのだ、前に進むのだ。

よしくんのおしりからも無言のエールがみんなに届く。

よしくんは今日で生後10ヵ月。

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2011年4月11日 (月)

目覚め

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昨日、

冬眠していた

カメのポコとペコが

仲良く

お目覚め。

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ポコとペコのまわりは

春が満ちていて、

桜が満開。

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桜並木を

私は

選挙に

向かう。

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今日で、あの大震災から一ヶ月。

あの日から

いろいろなことが

起きて、

今も、

それは続いている。

でも、

私たちは目覚めた。

今まであまりに無頓着だったいろいろなことに

目が向き、

気づき、

愕然とし、

うろたえた。

でも、

私たちは目覚めた。

未来のために、

子どもたちのために、

しっかり物事に向き合い、

お互いに手を差し延べ合い、

スクラムを組んでいこう。

今年の春は、特別な春。

私たちが、

目覚めた春。

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2011年4月 7日 (木)

チューリップから

チューリップから

昨日は、始業式。そして入学式。

新しいクラス、新しい担任の先生とまた新しい一日を始めるとしくん。

4月1日から保育園に行っているよしくんは、すでに馴染んで毎日部屋じゅうを探検しているそう。

同じく4月1日から職場に復帰した私は、毎日刺激とやるべきことがいっぱいで右往左往。

昨日、帰宅したら、

昨年植えた球根から、仲良く並んで花を咲かせていたチューリップ。

すくっとまっすぐ、

思い切り堂々と、

ピンと葉っぱを開いて伸ばして。

柔らかい春色をまとった二輪のチューリップは、

としくん、よしくんみたい。


チューリップにとっても大事な水と空気とお日様。


地に足つけてできることをがんばって!

原発問題を、地球を、人間だけの都合や便利で考えないで!

チューリップから受け取ったエールと真摯なメッセージ。

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2011年4月 5日 (火)

子どもの前では

子どもの前では

昨年5月から取っていた産休・育休。

よしくんの保育園が決まり、4月1日から職場に復帰。

2003年、

あの“はやぶさ”が地球を旅立った年に、としくんを授かり、

2010年6月13日、

幾多の困難を乗り越え、気の遠くなるような長旅を終えて帰還した“はやぶさ”とともによしくんを授かる。

日本の科学技術力の高さが誇らしく、諦めない人々の努力に頭が下がる思いで、産まれたばかりの赤子を胸に抱いてニュースに見入っていたあの頃。

“はやぶさ”帰還の翌日からは、サッカーW杯で大方の予想を覆しカメルーンに勝利。私も産院で夜中に授乳しながらガッツポーズ。嬉しいニュースが続いていた。

それが、まさか、復帰を目前に、未曾有の天災とそれによるこれほどまでの惨事が起ころうとは。

よしくんの保育園グッズを用意しながら物思い。

よしくんの保育園グッズはすべてとしくんのお下がり。

としくんは、“お食事エプロン”に書かれた、もうかすれて読めなくなってしまった自分の名前の上に、

アイロンでくっつく、よしくんのネームシールをつけていく。

日常と非日常が混雑する毎日。

「子どもたちの未来」を憂い、祈り、願う日々。

せめて子どもの前ではお日様のような母であろう。

いつも笑顔を心がけよう。

改めて誓う。

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