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2011年4月24日 (日)

4月21日(月)

4月21日(月)


4月21日(木)、としくんは遠足。

お弁当は何がいい?

の質問の意味は、おにぎりとかサンドイッチとか玉子焼きとか、お弁当の中身は何がいい?ということだったのだけれど、

としくんは迷わず「ポケモンがいい!」と即答。

それで、その日の朝は、想像力と創造力を駆使して限られた食材の中から海苔とタラコをチョイス。

何とか出発ギリギリにお弁当が出来上がる。

ホッとした途端に、よしくんの世話をしていた夫からSOSの声。

汚れたよしくんをお風呂に入れながら、行ってらっしゃい!と大声でとしくんに声をかける。

さっぱりしたよしくんに服を着せ、母に電話。

会社を休めたから、これからよしくんとお見舞いに行くからね。

余命一ヶ月と宣告された父。私にできることは、なるべく多くの時間を共にすごすこと。父に寄り添い、手をにぎること。

出かける前に父に見せるための写真をプリントアウト。写っているのは、五月人形の前で笑っているとしくんと、としくんに抱っこされたよしくん。

五月人形は、初節句を迎えるよしくんにと、具合が悪いのにも関わらず、父が母といろいろ探しまわり、贈ってくれたもの。

先週末お見舞いに行ったときは、ベッドに腰掛け、としくんとピースまでして写真におさまったお茶目な父。

五月人形の写真を見たら、どんな顔をするかな?

ああ、そうだ、昔よく聞いたCDも持って行こう。

「みかんの花咲く丘」「花」「この道」……懐かしい曲を聞いたら、なんて言うかな?

外に出るとポツポツ雨。

としくん、遠足は大丈夫だったかな…

気になりつつ、運転に注意しながら父のもとへ。

父の喜ぶ顔を当然のように期待していた私。

ところが、四日ぶりに再会した父の意識は、もうほとんどない状態。

それでもまだ余命は一ヶ月はあるのだからと、母は父の生命力を疑わず、4月28日の父の誕生日を一緒に迎えられるはずだと思っていた。

時折、苦しそうに眉間に皺を寄せ、身をよじる父。

苦しそうだから、とナースコールで点滴をお願いする。

来週はお誕生日なんだから、と言いながら、父をさすって励ます母。

母といったん病室をでてお昼ご飯をすませてから病室に戻る。

父の食事を介助してくださった方が、「ご主人はお昼ご飯に豆腐を三口召し上がりましたよ」
と声をかけてくる。

母はとたんに顔を輝かせ、「まあ嬉しい!」と介助の方の手をとりながら、「私だと、スプーンで口に運んでもほとんど食べなくて。本当にありがとうございます!」と大喜び。

食事を口にしたはずの父は、やはりほとんど意識がなく、時折苦しそうに手を動かす。

母は「大丈夫、大丈夫。この点滴が終わると楽になるからね」と父を肩をさすり続け、私はよしくんを背負いながら、むくんだ父の足を懸命にマッサージ。

母が洗面所に立ったとき、また苦しみ出した父を前に私はもはや冷静ではいられなく、

「ああ、代わりたい!代わってあげたい!どうすればいいのかわからない。ごめんね、ごめんね」と叫ぶように話し掛けながら堪えていた涙があふれだす。

母が帰ってくるのと入れ替わりに廊下に出た私は、泣きながら夫に電話。

「父が死んじゃう…。としくんと早く来て…」

縁起でもないと言いながら、それで私の気が済むのならと、夫は仕事を休んで来てくれることを了承。

電話を終えて病室に戻ると、点滴を終えた父の目が開いていた。

まだ、だるい?

尋ねた私に小さく頷く父。

意思が通じた喜びが私を駆けめぐる。

自然に口をついて出てきたのは「みかんの花咲く丘」の歌。

私が赤ちゃんのときによく母がうたってくれた思い出の歌。としくんにも、よしくんにも、よくうたう歌。

歌いながら、父をとんとん。

父の表情が和らぐ。

途中から母が引き継ぎ、「みかんの花咲く丘」を繰り返し歌い続けながら、父をとんとんし続ける。

「喜寿には旅行に連れていってくれるんでしょう?どこがいいかねえ」、「もうすぐお誕生日だねえ、お祝いは何がいいかねえ」、歌の合間に母は父に語りかける。

夕方になり、遠足帰りのとしくんが、リュックサックを背負ったまま到着する。

みんなで父を見守り、歌い、さすったり手を握ったり。

喉が渇いた? お水飲む?

父が頷き、母が吸い飲みを父の口にあてる。

歯が気持ち悪い? 歯を磨こうか?

父が頷き、母は父の歯に小さなブラシをそっとあてる。

みんなが会いに来てるよ。

父が急に一人ひとりの顔に焦点をあてる。

おお! よく来てくれたなあ!

というように、パアッと父の顔に笑顔の花が咲く。

声にはならなかったけれど、ありがとう、と口を動かす。

母は安心したのか、父が回復したと思ったのか、

私たち家族に夕ごはんでも食べておいでと言い、

父には、そろそろぐっすり眠ったら? と話し掛ける。

父は目を閉じることなく、空を見つめながら、あえぐように息を吐いて、必死に吸い込む。

しばらくそうやって、

穏やかに

眠るように

私たちに最高の笑顔を遺して

18時47分、父は静かに呼吸をとめた。

享年71歳。

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コメント

お父様、大好きなご家族に見守られて安らかに眠られたのね…。最期にとても大切な時間を過ごせて本当に良かったね。お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。teteさんやお母様も体調崩されませんように。

投稿: ゆずまま | 2011年4月24日 (日) 17:16

お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

こんな言い方で気分を害されたら申し訳ないけれど、
家族に看取られて、笑顔で逝けた、って、
それはとても幸せなことなんじゃないかな、と思います。

命は、つながっているのだから、あなたが、そしてあなたの息子さんたちが、その命をさらに次の世代へつないでいけばいいだけのこと。そうやって、人間は生きていくんだな。
あたりまえのことだけど、そんなことを思いました。

なんか、ごめん。うまいこといえないや。とりあえず、思ったままを綴りました。

投稿: negi_chang | 2011年4月24日 (日) 19:41

お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
大切な人々に囲まれてお父様も嬉しかったことと思います。
今の今まで息をしていた人がいなくなる空虚感は筆舌しがたいものです。そして、今はただ、機械的に動いているだけかもしれません。また、もっといろんなことができたんじゃないかあのときあんなことをすればと自責の念に駆られたりすることもあるでしょう。自分はこんなに悲しいのに周りは幸せそうに過ごしているえもいわれぬ嫉妬と憎悪。
でもね、それは大切な人との思い出が大きすぎるから。無理に悲しみを閉じ込めず、悲しい時は悲しみ、嬉しい時は大いに喜びを表してください。
お父様も笑ったteteさんが一番大好きだったはずですよ。
teteさん、体調には気をつけてね。

投稿: niya | 2011年4月24日 (日) 22:40

お父様のご冥福をお祈りします。
お父様、teteちゃんが心もこんな素敵な女性で、父として幸せだったと思うな。
teteちゃんがここにつづった一日の様子で、
ご家族の温かさがジーンと伝わってきました。
 
くれぐれも、体調、壊さないようにしてね。

投稿: まり | 2011年4月25日 (月) 12:38

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