« 今年も | トップページ | ゼンマイ »

2014年3月10日 (月)

バリアフリーとユニバーサルデザイン、そしてその先へ





「ねえムーミン、友だちが、いちばん好きなことをしながら生きていけるようになるって、すてきなことじゃない」

ムーミンママ

最近、このムーミンママの言葉が身に沁みる。

明日は、3月11日。

あの大震災から3年。

あれから自分の生き方はどう変わっただろう。

ふるさとや家族というかけがえのないものを多くの人が失ったということを悼むだけでなく、明るい未来を願うだけでなく。

なかなか言葉にならない様々なことを、形のある言葉に導いてくれそうに感じたある説明文。

それは、バリアフリーとユニバーサルデザインとアクセシブルデザインの違いを説明するテキストの中に。

バリアフリー
→すでに存在するバリアが前提。
→障がい者、高齢者といった特定の対象者を特別扱いしたり、バリアを解消する選択肢を用意し、その限られた選択肢を通じてバリアのある環境をどうにか使ってもらう。

ユニバーサルデザイン
→はじめからバリアが生じないようにしようとする考え方。
→特定の対象者を特別扱いするのではなく、能力の違いに関係なく、差別感を感じさせない社会環境を目指す。

アクセシブルデザイン
→ユニバーサルデザインに含まれる概念(共用品と同義語)。
→何らかの機能に制限を持つ人々に焦点を合わせ、これまでの設計をそのような人々のニーズに合わせて拡張することによって、製品、建物、及びサービスをそのまま利用できる洗剤顧客数を最大限まで増やそうとする設計。
※ISO/IECガイド71より

つまり、

ユニバーサルデザインとは、
すべての人に対し、可能な限り最大限に使いやすい製品や環境のデザインのこと。

しかし、

「誰にとっても不便のないもの」なんてこの世にあるとは思えない…

もし、そう謳っているものがあるとしたら、それは
「誰のニーズも満たしていないもの」
「誰にとっても特に便利でないもの」になりがち。

「すべての人」を対象とするユニバーサルデザインであっても、その意味するところは、「すべての人のニーズを満たす」と同一ではない。

ユニバーサルデザインの考え方とは、

すべての人を対象に、一人一人のニーズとしっかり向き合い、そのニーズに応えながら、その集大成として製品や環境を作ること。

一つの製品や環境がすべての人のニーズを満たすことは現実的には不可能であることを踏まえた上で、
「可能な限り最大限に」という表現を用いたロナルド・メイス。

ユニバーサルデザインの概念を発表した、アメリカのデザイナーかつ建築家。

少しずつでも状況改善につなげる努力をし続けることが大切だということは、製品開発や建築現場だけでなく、生き方そのものにも通じる概念…

昔は、「ミスター・アベレージ」という、平均的な人体寸法の男性を基準にして作られてきた製品や建築物。

平均的でない部分を切り捨ててきたこれまでの姿勢を反省して生まれた、ユニバーサルデザインという概念。

基準を見て人を見ないのではなく、人間は多様だという考え方に基づき、人の実態に注目するようになってきたのは、とても喜ばしいこと。

でも、

3月11日を経て、

さらにもう一歩、もう一段階、その考え方を進めなければならないようにも思える。

例えば、「自動化」。

覚えにくい操作を自動化、簡略化することで、労力を減らし使い勝手を良くする、という自動化の概念には賛同。

全自動洗濯機、全自動トイレ、IHクッキングヒーター、パワーウインド…など、身近なところにたくさんある全自動系のもの。

あの日、3月11日、

電気がないと使えないものの多さに愕然とした人は少なくないんじゃないかと思う。

これまで、誰かに負担を強いて手に入れてきた「快適で便利な」生き方。

これから目指したいのは、

必要以上の「電気」を使わず、
ユニバーサルデザインの考え方を取り入れた暮らし。

自分の反省をもとに、すぐには実現するのが難しくても、工夫と努力をし続けたい。

ね、

ムーミンママ。

|

« 今年も | トップページ | ゼンマイ »

徒然」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/159166/55313093

この記事へのトラックバック一覧です: バリアフリーとユニバーサルデザイン、そしてその先へ:

« 今年も | トップページ | ゼンマイ »