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2015年6月の8件の記事

2015年6月28日 (日)

カタツムリの心









雨上がりの今朝は、曇り空。


玄関を出たところで、“鼻”を大きく広げたカタツムリを発見!(「カタツムリの鼻」の記事はコチラ →


雨上がりによく見かけるカタツムリ。


昔は海に棲んでいたカタツムリの祖先。だから、雨が降ると嬉しくて外に出てくる。


そんな説を信じていた。


だから、


雨が降ると水溜まりができ、“鼻”が息苦しくなるから外に出てくるという説を知った時は驚いた。


雨を喜ぶカタツムリと、雨に苦しむカタツムリ。


説によっては、まるで逆。


人間と同じで、嬉しいけれど苦しいなんてこともあるのかも……!?


この前『ダンゴムシに心はあるのか』という本を読んだので、ついそんなことを考えてしまう。(本の感想はコチラ →


ところで、もしカタツムリと話ができるなら、こんなことも聞いてみたい。


「あなたは、あの時の赤ちゃんカタツムリなの?」と。


しばらく前に飼っていたカタツムリ。
たくさん赤ちゃんが生まれすぎて、庭に放してしまったけど、あなたは、もしかしてあの時の赤ちゃんカタツムリではないですか?


もしそうなら、


嬉しいな *\(^o^)/* 。





以前飼っていたカタツムリの記事は、コチラ
「いつの間にか三世代」 →
「カタツムリの好物」 →


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2015年6月26日 (金)

尾澤瑞樹先生


ウクレレを習ったのは、よしくんが産まれて産休中だった、2011年2月のこと(その時の記事はコチラ → )。


楽しそうにウクレレをかき鳴らす仕事仲間に触発され、こんなの簡単簡単!と、その人からウクレレの楽器までプレゼントされたこともあり、けっこう気楽な気持ちで始めてみる。


ところが……!!!


全然弾けない。指が思うように動かない。コードが読めない、覚えられない。ウクレレを安定して抱えられない。


特にピアノなら比較的自由に動かせる左右の指が、ウクレレになると全く使い物にならない。イメージ通りに弾けないことが、あんなにストレスに感じるなんて。


職場に復帰したことで、私のウクレレは、“ハッピーバースデーツーユー” のワンフレーズを鳴らせるようになったところで一休み中。


だから、


としくんがピアノを弾きながら、苛立ちを爆発させる時、


思うように指を動かせなかったり、鳴らしたかったのとは違う音を鳴らしたりしたときに、ああもう!と大声を出したり、もうやだ!と地団駄を踏んだりする時、


ああ、わかる、わかる、そんな感じだったと、心の中で思い起こす。あのウクレレを、自分が思ったように弾けなかった時のことを。


でも、


自分のやり方にこだわりがあり、うまくいかないと癇癪を起こす生徒は、取り扱いが難しい。


特に熱心な先生にとってはなおさら。


人の話を最後まで聞かず、自分なりに理解したことを試そうとしたり、


忠告に耳を貸さないどころか、自分なりの理屈で言い返したり。


うまく弾きたい!という思いはあっても、素直に言うことを聞かず、反抗的な態度を取り続けていれば、指導者との間に深い溝ができてしまう。


そんなこんなで、前に習っていたピアノの先生との関係は年を追うごとに悪化……。


三歳の時からとしくんを見てくれた前の先生は、むしろそんなとしくんの態度を心配して手を差し伸べようとしてくれていたのだけれど、その手が見えないくらい高い壁がとしくんの前にはできてしまっていた。


でも、きっとピアノそのものは嫌いではない息子。


どうしたものかと思っていたら、すごくいいピアノの先生がいらっしゃるよ。男の子は高学年になると女の先生よりも男の先生の方がいいみたい、うちの息子はそうだったよと、その先生のレッスンを受けている人から教えてもらう。


名前は、尾澤瑞樹先生。


そんなこんなで、としくんもその評判の先生のところを訪れる。


初めての体験レッスンの日。


驚いたのは、その指導法。


小ぶりのぬいぐるみをとしくんに握らせ、親指が鍵盤に触れる角度を確かめさせたり、椅子の上に正座して座ることで、指をまっすぐに下ろす感覚を伝えたり。


とにかく具体的でわかりやすい!


長調と短調の違いを、悲しげかどうかの感覚的なもので理解させ、あまりそれ以上の違いはないと笑顔で緊張をほぐしてくれながら本質的なことに向き合わせてくれたり。


思わず、ヘレンケラーを救ったサリバン先生を思い浮かべてしまったほど(先生は男性だけれど)。


先生自身も優秀なピアニストだからか、ピアノのレッスンというよりも、音楽との向き合い方、付き合い方を教えてくれつつ、指先や姿勢といったこれまで教わってこなかったことにも気を配っていただいた。


そんな体験レッスンを受けたのが、実はもう一年前。


それから、一年近くレッスンを受け続けて来たとしくんは、それでも先生と衝突したり、怒られたりしながら、少しずつ先生との距離を縮めてきた。


そして、そんな兄の姿を見てきたよしくんも、この春、ついに尾澤先生のプチ門下生に。


レッスンに行く途中で、ものすごくトゲトゲしているアザミに驚いたり、







そんなアザミの上空をヘリコプターのように飛んで行ったルリボシカミキリを追いかけたりしながら(矢印のところに、鮮やかなブルーに黒い斑点のルリボシカミキリ。見えないかも……)、楽しそうにレッスンに向かうよしくん。







尾澤先生は、いつも笑顔で楽しくレッスンしながら、レッスンを終える頃には、生徒のスキルを一段階上げてしまうのが、本当にすごい。


でも、尾澤先生がすごいのは、それだけではなかった!!!


……という話は、また次回。






先生のブログはコチラ
尾澤瑞樹ピアノ教室

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2015年6月23日 (火)

パトカーで帰宅した日曜日


父の日だった日曜日。


その日は、朝から夜まで職場のみんなとひたすら作業に追われて疲労困憊。


23時、ようやく解散。


“父の日” 終了まであと1時間。


ビールでも買って、夫に日頃の感謝と今日子どもたちを見てくれたお礼をしようかとコンビニ目指して歩いていたら、


道端に落ちていたお財布発見!


かなり分厚い……。


脳裏に、過去にお財布を無くした時のとしくんや、財布が見当たらなくて焦った時の家族の顔が思い浮かぶ。


拾った財布を小脇に抱え、家とは反対側の交番へ。


今頃、お財布を落とした人は焦っているに違いない。早く届けねば! そして、早く帰りたい! そんな思い。


小走りで交番へ向かう途中、お巡りさんらしき人を見かけて、「お巡りさんですか?」と尋ねると、残念ながらガードマンさん。


でも、息を切らしながら尋ねる私の様子を心配してくれたのか、「交番はあちらだけど、大丈夫? あと少しだからがんばって!」と励まされつつ見送られる。


数分後に交番着。


でも、無人。


カウンター設置の電話機で、受話器の向こうのお巡りさんに事情説明。


今、人を向かわせます、ということで受話器を置いて、お巡りさんを待ちわびる私とお財布。


時計の針は23:30。


しばらくすると、赤色灯を付けたパトカーがやって来て、中から優しそうな年配のお巡りさん。


地図を広げてお財布を拾った場所を確認してから、お財布の中身を一緒に確認。


レシートと小銭とたくさんのカード類が取り出され、だんだんぺちゃんこになっていく分厚い財布。


お財布の中身、私も整理しなくちゃと、わが身を振り返りつつ、取り出された小銭をお巡りさんと一枚一枚数えていく。


そんな丁寧で細かい確認と書類の記入などを終えると、時計の針は24:05。


「父の日じゅうに帰りたかったな……」と思わずつぶやくと、「いやはや今日は父の日でしたなあ、申し訳ない。では、パトカーでご自宅まで送りましょう!」とお巡りさん。


!?


お言葉に甘え、いそいそパトカーへ。


夜道の一人歩きはやはり怖かったこともあり、安全かつ早く帰れることに、安堵しつつ恐縮しつつ、パトカーでまさかの帰宅。


ビールは買えなかったけれど。






翌朝、としくん、よしくんに、パトカーに乗って帰宅した話をすると、


「パトカーに乗ったお母さんを見た人は、連行される犯人と思ったかもよ」と、したり顔のとしくん。


一方、よしくんは「乗りたかった!乗りたかった!」と大泣きで大暴れ ^_^; 。


そんなよしくんに、「いいことか悪いことをすると、パトカーに乗れるよ」と、変な助言をしていたとしくん。








あのお財布は、そろそろ持ち主のところに戻れたかな……?











お巡りさん、ありがとう。





写真は子どもの日にみんなで食べたパトカーの蒲鉾。

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2015年6月19日 (金)

先月読んだ本

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仕事で使えそうな本を探して、日々本難民。


自分の好み優先で選ぶ読書本と、子どもたちに提供する教材として選ぶ本は、やはりちょっと違う。


何より使える範囲が一冊の中のほんの数ページ。
本一冊丸ごと読んでこそ魅力的な本もあれば、切り取った部分の内容は素晴らしくても全体的にはぼやけてしまう本もある。


ほかにもいろいろ制約があって、これぞ!という本に出会えるまでは何をしていても落ち着かない。


そんなこんなで先月読んだ本。


『エヴリシング・フロウズ』
津村 記久子作(文藝春秋)

こちらは、友人が「懐かしい思いに浸れるよ~」とお勧めしていた本。
確かに中学生である登場人物たちの繊細な気持ちがリアルに、丁寧に、そして淡々と描かれていて、まるで映画を観ていたかのような読後感。
どうでもいいようなことに胸を痛めていた当時がよみがえり、切なさや愛おしさも込み上げてくるような一冊。


『世界地図の下書き』
朝井リョウ作(集英社)

様々な事情を抱えた小学生の子どもたちが主人公。主な舞台は児童養護施設。
子どもたちの置かれた状況は一般的ではないけれど、誰もが思い当たる普遍的なテーマが描かれていて、結局はみんなひとりぼっちで生きているんだ、ということが、なぜかエールとして胸に響く作品。

『僕らが死体を拾うわけ―僕と僕らの博物誌』
  盛口 満著(どうぶつ社)

とてもエネルギッシュな本。読み進めながら、へー、ほほー、なぬ~っ!?などと、心の中でたくさんつぶやいてしまう。
ちょっと変わった生物の先生と、好奇心旺盛な生徒たちと一緒になって探究している気分も味わえる。イラストも味があってすごくいい。


『今を生きるための哲学的思考』
黒崎政男著(日本実業出版社)

つまり、これまでの「上から下へ」、「少数が多数を教える」といった教育のあり方が、ICTの導入によって変わっていくであろうということ。
読んだのは一部ではあったけれど、ネット上の「私」と、現実の「私」との境界線も考えさせられる興味深い内容だった。

「広尾学園のICTカンファレンス ~パネルディスカッション編~」の記事はコチラ →


『「本当の国語力」が驚くほど伸びる本』
福嶋隆史著(大和出版)

この本は、「本当の国語力?」「驚くほど伸びる?」ってどういうこと? と手を伸ばす。
書かれていたことは非常にシンプルで、「何を読むか」が大切なのではなく「どう読むか」が大切だとか、「国語力」とは「論理的思考力」のことだとか、そうそう、と頷きながら読み進める。
新しい発見ではなく、ふだん心がけていることの再確認ができた一冊。


『ダンゴムシに心はあるのか』
森山 徹著(PHP研究所)

久しぶりに知的好奇心が大きく揺さぶられた本。あのくるりんと丸まるダンゴムシに「心」があるのか、というタイトルからして面白い。
「心」と言うと、自分は嬉しいとか悲しいとかの心情を思い浮かべるけれど、この著者は「通常の行動が取れないような未知の状況に遭遇した時、当人も予想だにしなかった行動を取らせるのが『心』の働き」と定義する。実際、ダンゴムシを未知の状況に遭遇させる実験を行うと、確かにダンゴムシに「心」があると言える結果に。
後半は学術的な高度な内容で読み飛ばしながらの拾い読みになってしまったけれど、筆者の新しいものの見方と、それを検証した実験はとても興味をそそられる。もう一回読み直そうかな……。


『未来をつくる図書館―ニューヨークからの報告― 』
菅谷 明子著(岩波新書)

2003年に出版された本にも関わらず、これからの時代に図書館の果たすべき役割が示されていて、まさに「未来をつくる」ための指南書として参考になる。
書かれている事例は、ニューヨークの公共図書館のことが中心で、市民が主役、図書館はサポート役というスタンスが明確。図書館の有する「情報」を有意義に活用してもらうことで、能動的な思考のできる市民を育むこと、それが図書館の使命なのだという矜恃がよく伝わってきた。
日本における図書館の利用価値とその意義についても深く考えさせられた一冊。


『アルケミスト―夢を旅した少年』
パウロ コエーリョ作(角川書店)

1997年に出版された世界的なベストセラー。物語の形をとった自己啓発本。
すごく良かったと感想を書いている人がいたので手に取ってみたけれど、私はそれほど「啓発」されなかったかな……。
今が内面的に「波乱万丈」なので、主人公のサンチャゴのような冒険よりも、穏やかな当たり前の日常が続く幸せの方を欲しているのかも ^_^;。



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2015年6月17日 (水)

赤い自転車



お兄ちゃんの「新しい自転車」がうらやましくてたまらなかったよしくん。


先日、ついに迎えた5歳の誕生日に、念願の自転車をプレゼントしてもらい、喜色満面。


よしくんの選んだ自転車の色は赤。


一目置いている憧れの存在でありつつ、目の上のたんこぶ的な存在でもあるお兄ちゃんと同じ色。







そんなよしくんが最近よく見せるのは、歯を食いしばりながらの悔しげな姿。


「今日、歯が抜けたよ!」とお兄ちゃんが言うのを聞いて、「どうして、よしくんの歯は抜けないんだろう……」と、さめざめ泣いたり、


としくんの話に私が笑うと、「お兄ちゃんの時だけお母さんは笑って!」と怒り、「お兄ちゃんのバカバカバカ! お母さんのバカバカバカ!」と八つ当たりしたり。


7歳離れていても気持ちの上では対等で、もっと大きくなりたい、もっと強くなりたいという思いが強いよしくん。


結果、「お兄ちゃんより先に生まれたかった……」と深いため息。


としくんはこれが得意、よしくんはこれが得意と、それぞれ別の分野で活躍できると良いのかもしれないけれど、


今のところ、野球、ピアノ、自転車と、かぶりまくり……というか、よしくんが兄と同じことをやりたがるものだから、今の時点では当然兄に敵わず地団駄を踏むことに……。


でも、としくんにはとしくんの、よしくんにはよしくんならではの得意なことはあるはず。


よくよく見れば同じ「野球」でも、お兄ちゃんはこんなプレイが得意で、よしくんはこんなプレイが得意だね、とそれぞれの持ち味が生かされていくような声かけはできるのかも……今はまだそれが何かはっきりとはわからないのだけれど。


まあ、たまには、よしくん一人とたっぷり付き合って、兄を意識しなくても済む機会を作るのもいいのかも……。


相手に対するあこがれが、自分を成長させる糧になればいいけれど、嫉妬からの恨みになって自分を見失うことにはなって欲しくない。


赤い自転車に大喜びのよしくんの笑顔を見ながら、ちょっと悩ましい母 ^_^; 。


とはいえ、5歳のお誕生日、おめでとう!
よしくんにとってこの一年がすてきな日々となりますように。



















としくんの「新しい自転車」の記事はコチラ →

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2015年6月11日 (木)

ポーチュラカのように



土曜日の朝、家を出た時は、まだツボミだったポーチュラカ。









夕方帰宅すると……



咲いていた~ *\(^o^)/* 。









一日の終わりにそんな嬉しいことがあった先週の土曜日は、初めてある仕事をした日。


そんな日の仕事のパートナーは、大学生の若者たち。


若いとは言え、それなりに長い社会人生活を送っている私より、目の前のその仕事に精通している青年たち。


でも、その精鋭たちから、この場合はどうしたらいいですか? と聞かれて答えるのが、今回の私の仕事。


「いつもはどうしているの?」 「どうするのが子どもたちの力になるかしら?」 などと、答えているようないないような問答をしながら、それらの事案を検討し判断していく。


それにしても、扱う分野ごとに担当が分かれているのか、入れ替わり立ち替わりやって来る様々な学生さん。誰もが真摯な態度で仕事に臨んでいて、感心する。


私はそんな誠実さと向き合いながら、密かに、こんなに立派な青年になって……と見ず知らずにも関わらず、学生さんたちに近所のおばさん的な眼差しを送っていた(笑)。


いや、もしかしたら、目の前にいるのは、未来の同僚かもしれない。あるいは未来の生徒の保護者かもしれない……そんなことにも思いが至り、我に返ったり姿勢を正したり。


それはともかく ^_^; 、


学生さんも、私も、子どもたちも、そういう可能性……というより、“自分の望む未来” 、“なりたい自分”、が心の中にあるといいよね、と強く思う。







そういえば、ポーチュラカの植わっている鉢には、「こんな色の花が咲きますよ」というパッケージのラベルが差してある。いわば、それは “そのポーチュラカの未来像” 。


そんな風に、私たちも心の中に、自分の望む未来を持っていたいと思う。









それにしても、初仕事が無事に終えられてホッ。




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2015年6月 5日 (金)

まなざし


職場から駅まで、歩くと10分の道のりを、今日も5分で駆け抜け、帰途に着く。


乗り継ぎもうまくいき、保育園のお迎えにギリギリ間に合い、ホッとする。


そんな保育園からの帰り道。


つないでいた手を振りほどき、土手によじ登るよしくん。


もう日が落ちて、足元が見えづらくなってきているというのに。







でも、今ならわかる。


「ねえ、見てぇ!」に込められている思いが。


「なんでいつも危ないことするの!」
「手が汚れるからやめなさい!」
「そんなことしてないで、早く帰るよ!」


……なんて言われたいわけじゃない。


待って待って待って、ようやく迎えに来てくれたお母さん。


お母さんに、自分のすごいところを見せたい。お母さんに見ててもらいたい。


伝わってくるのは、そんな思い。


「すごいね、一人で登れるんだね」
「お母さんより背が高くなったね」
「もうすっかりお兄さんだね」


いつものように、そんな言葉をよしくんにかける。よしくんはその度に、うん!と元気に頷く。そして最後は「抱っこ~!」と甘えた声をあげながら、私に両手を伸ばす。


「見て!」「見てて!」は、子どもが一日のうち、一番多く口にする言葉なのだそう。


子どもたちの、自分の存在、自分のことを見て欲しいという切実な欲求。


昔はそのことに気づかなくて悩んだこともあった。


保育園に息急くってたどり着いても、私を見るなりまた目の前の遊びに没頭し、他の子のように私の元に駆け寄ってくることのなかったとしくん。


そんな姿を見るにつけ、私や家よりも、その遊びや保育園の方が好きなのかと、がっかりし、虚しくなり、落ち込んでいた当時。


保育士さんにかけられた一言が、私の見ていた世界を一変させた。


「お母さんが来て、としくん、安心してまた遊び始めましたね」


そうなのか……。


ようやく受け取れたとしくんの思い。


「お母さん、見てて、これが今ぼくが好きな遊び」


声に出さなくても、その日からそんなとしくんの思いがわかるようになった。


時には急かしたり、たまにはお母さんのところに駆け寄って来て欲しいとぼやいたりしつつではあったけれど ^_^; 。


自分に注がれるまなざし。


それが温かいものであるにこしたことはないけれど、厳しいものであったとしても、自分を見てて欲しいという強い欲求が子どもにはある。


そして、誰かが自分を見ててくれているということは、大人になっても励みに、支えになる……。


私もそう。


今日はそんな温かなまなざしを言葉として届けてくれた人がいて、ありがたくて申し訳なくて懐かしくて切なくて。元気をいただきつつ、ちょっとなみだ (/ _ ; ) 。









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2015年6月 2日 (火)

『〜5ひきのすてきなねずみ〜 ひっこしだいさくせん』


先月末、小学6年生の子どもたちに読み聞かせをしてから仕事に向かう。


1年生の時から年に1、2回でしている読み聞かせボランティア。


朝8時25分から35分までという短時間だから、絵本を一冊読んだらそれでおしまい。


ほんの10分間でも、クラスの雰囲気や子どもたちの様子がわかる貴重な機会。


そして、子どもたちと触れ合うことで、私も様々に刺激を受ける。


今回選んだのは、こちら。







たしろ ちさと作
『5ひきのすてきなねずみ
ひっこしだいさくせん


絵本の見返しに、登場するねずみたち一匹一匹のプロフィールが書かれていたので、まずはそこを読んでから本編へ。


さすがに6年生ともなると、みんな大人びた態度で、感情もあからさまには出さない。


それでも、繰られたページの先で、ねずみたちの作ったアイディア満載の家が大きく描かれていると、あちこちから、おお~、すげ~、まじかよ~などの声が上がる……もちろんそれは男子(笑)。


面白がってくれたみたいで良かった。


昨夜、ようやく担任の先生から受け取った、「読み聞かせノート」に記録を残す。









次はいつになるかな……?













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