« 『〜5ひきのすてきなねずみ〜 ひっこしだいさくせん』 | トップページ | ポーチュラカのように »

2015年6月 5日 (金)

まなざし


職場から駅まで、歩くと10分の道のりを、今日も5分で駆け抜け、帰途に着く。


乗り継ぎもうまくいき、保育園のお迎えにギリギリ間に合い、ホッとする。


そんな保育園からの帰り道。


つないでいた手を振りほどき、土手によじ登るよしくん。


もう日が落ちて、足元が見えづらくなってきているというのに。







でも、今ならわかる。


「ねえ、見てぇ!」に込められている思いが。


「なんでいつも危ないことするの!」
「手が汚れるからやめなさい!」
「そんなことしてないで、早く帰るよ!」


……なんて言われたいわけじゃない。


待って待って待って、ようやく迎えに来てくれたお母さん。


お母さんに、自分のすごいところを見せたい。お母さんに見ててもらいたい。


伝わってくるのは、そんな思い。


「すごいね、一人で登れるんだね」
「お母さんより背が高くなったね」
「もうすっかりお兄さんだね」


いつものように、そんな言葉をよしくんにかける。よしくんはその度に、うん!と元気に頷く。そして最後は「抱っこ~!」と甘えた声をあげながら、私に両手を伸ばす。


「見て!」「見てて!」は、子どもが一日のうち、一番多く口にする言葉なのだそう。


子どもたちの、自分の存在、自分のことを見て欲しいという切実な欲求。


昔はそのことに気づかなくて悩んだこともあった。


保育園に息急くってたどり着いても、私を見るなりまた目の前の遊びに没頭し、他の子のように私の元に駆け寄ってくることのなかったとしくん。


そんな姿を見るにつけ、私や家よりも、その遊びや保育園の方が好きなのかと、がっかりし、虚しくなり、落ち込んでいた当時。


保育士さんにかけられた一言が、私の見ていた世界を一変させた。


「お母さんが来て、としくん、安心してまた遊び始めましたね」


そうなのか……。


ようやく受け取れたとしくんの思い。


「お母さん、見てて、これが今ぼくが好きな遊び」


声に出さなくても、その日からそんなとしくんの思いがわかるようになった。


時には急かしたり、たまにはお母さんのところに駆け寄って来て欲しいとぼやいたりしつつではあったけれど ^_^; 。


自分に注がれるまなざし。


それが温かいものであるにこしたことはないけれど、厳しいものであったとしても、自分を見てて欲しいという強い欲求が子どもにはある。


そして、誰かが自分を見ててくれているということは、大人になっても励みに、支えになる……。


私もそう。


今日はそんな温かなまなざしを言葉として届けてくれた人がいて、ありがたくて申し訳なくて懐かしくて切なくて。元気をいただきつつ、ちょっとなみだ (/ _ ; ) 。









|

« 『〜5ひきのすてきなねずみ〜 ひっこしだいさくせん』 | トップページ | ポーチュラカのように »

徒然」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/159166/60256435

この記事へのトラックバック一覧です: まなざし:

« 『〜5ひきのすてきなねずみ〜 ひっこしだいさくせん』 | トップページ | ポーチュラカのように »