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2015年7月の11件の記事

2015年7月31日 (金)

低学年の国語力



読める子と読めない子の差が激しいのが低学年の子どもたち。



「読める」というのは、頭の中に読んだ内容が具体的に思い浮かぶかどうか。



ふだん動画やテレビを見るなど、映像が目に飛び込んでくることに慣れている子どもたちは、情報が向こうからやってくるということに慣れているということ。つまり姿勢が受け身。



だから、文字情報から能動的に情報をとらえる感覚がよくわからなかったり、文字がただの「しみ」になってしまっていて、意味が頭に入ってこなかったり。



それは私たちが読み慣れていない「古典」や「漢文」、「専門書」を読んで、内容が頭に入ってこないという感覚と近いのだと思う。



でも、好奇心のかたまりなのが子どもたち。興味を持ったり、もっと知りたいという気持ちが芽生えたりすると、ふだん使わない言い回しを少し変えて伝えたり、読み聞かせたりするだけで、ぐいぐい文章を読み進められるから頼もしい。



そのときの授業であつかった文章には「亀」が登場したので、わが家のアイドル、ポコちゃん、ペコちゃん(ペットの亀)のエピソードを話して、子どもたちが亀に興味を持ったところで文章を読む。



それでも、まだ文章が読めていないなということが、よくわかるのが「ぬき出し問題」に取り組んだとき。



今回取り組んだ「ぬき出し問題」は、作者はこの夏どのような毎日をすごしたのですか?といったような質問に、文章中にある「カメとの楽しい夏の日々」という言葉をぬき出して答えるもの。



低学年の子どもたちに、こうした「ぬき出し問題」を取り組ませることがふさわしいかどうかは置いておき、「ぬき出し問題」が苦手で、点が取れない子どもたちはびっくりするほど多い。



「ぬき出し問題」を前にした子どもたちの反応は、かたまる、うろたえる、あきらめる(笑)。



ひとりだけ、「あ、それって、文章のここらあたりに書いてあったかも!」と目星をつけた部分を読み返す。



そう、「ぬき出し問題」は何を問われているかがわかった上に、答える内容の具体的なイメージと、それが大体文章のどこらあたりに書かれていたかという目星をつけられるかどうかがポイントになる。



そうでないと、「十字」や「十五字」といった具体的だけれど内容不明の手がかりだけを頼りに、文章をやみくもに探すことになってしまい、その努力の多くは徒労に終わってしまう。



私が過去に見た生徒は、「七文字の言葉をぬき出して」という部分を読むなり、七文字分の長さを指ではかり、その指をものさしにして、ちょうどぴったりのフレーズがないかを頭からさがし始めた。



さて、今回あつかった「ぬき出し問題」で答える「カメとの楽しい夏の日々」。



文章中には、作者の「わくわく」した気持ちや、「カメのえさやりが好き」だったことなどが生き生きと書かれていたから、子どもたちは、もちろん作者がカメと楽しくすごしていたことは読み取れている。



でも、そのことがまとまって書かれている11字の言葉を見つけて、書き写すとなると別次元のようで、「わからない~!」「できない~!」「どうすればいいの~!」のオンパレード。



そんなときは、わかることから少しずつ。



そんなこんなで、わかった! そこか! という言葉が徐々に増えていく。



低学年の子どもたちに大切なことは、国語に苦手意識を持たせないような工夫。



そして、低学年の国語力は、慣れと興味と面白さで、確実に伸びていく。



そんな子どもたちの姿に私も刺激を受けて、「明日の仕事」もがんばろうと意欲が芽生える。


















ところで、私のデスクの上には、よしくんからプレゼントされたリスさん。



「おかあさん、リスさんは?」

「おかあさんの会社にいるよ。きょうも、いっしょにお仕事してくるね」



ときどき、よしくんに聞かれ、いつも同じ答えを返すと、よしくんは満足げ。



リスさん、これからもよろしくね。






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2015年7月30日 (木)

高学年の国語力


ピンチヒッターとして、今日は低学年と高学年の国語の授業を担当。



せっかくの機会なので、子どもたちにいろいろ質問してみる。



そして、やはりそうだよね、と改めて得心したのは、同じ文章を読んでいても同じ世界を全員と共有していないという事実。



まずは高学年。



たとえば、文章中に出てきた「僕はそう思わない」というセリフ。



「これって、誰のことば?」と聞いてみると、登場人物である「父親」の発したことばだと思った子もいれば、その父親の「息子」が発したことばだと思っていた子もいて、お互いに「えーっ!!!」となる。
(実際は、父親のことば。)



そして、物語の中の父親が少年に差し出した「飲み物」を、「少年に対する期待の表れ」と受け取っていた子もいれば、「少年を邪魔するもの」と受け取っていた子もいて、やはりお互いに「はっ!?」となる。
(実際は、邪魔するもの。)



それぞれ読み取った内容は正反対。



でも、大切なのは、子どもたちはわざと間違ったわけではないということ。



「僕」ということばを、大人が使うのはあまり聞いたことがない。だから、父親のことばではなく、少年のことばと考えていたり、



「飲み物」をわざわざ差し出したのだから、少年のことを気にかけているにちがいない。だから、邪魔するものではなく、期待の表れと結論づけていたり。



子どもたちの答えには、その子なりの理屈がある。



適当に答えたわけではないのがすばらしい。



もちろん、今回のケースでは、どちらかは不正確。
だけれど、ちがうよと結果だけを言われても仕方がない。大事なのは考え方のプロセス。



そんな話を子どもたちとしながら、改めて文章を読み、このセリフは父親のものだと言えるね、



このやりとりの後なら、少年が父親の差し出した飲み物を「自分を邪魔するもの」ととらえたと考えた方が納得いくねなどと考え方を確かめていく。



ふだんわたしたちは、自分の経験や常識に照らし合わせて考えたり、自分の中の理屈に沿って物事を判断したりしている。それでほとんど問題ない。



だから、国語の授業中に、「えーっ!!!」となったり、「はっ!?」となったりすることは、自分とはちがう考え方に出会えただけではなく、ふだん意識しない自分自身の考え方にも出会えたということで、けっこう刺激的なことなんじゃないかと思う。



国語の問題は、そうした「考え方」の中から、多くの人がたどり着けるものが答えになるよう作られている(ことが多い)。いわば論理的に考えれば正答できる(はず)。



「国語」としては、この作者はなぜ、「私」ではなく、「僕」という表現を使ったのか。その理由を考えるのも興味深いし、読解を深めるかもしれないけれど、その場でみんなが納得のいく結論に至るのは難しそう。つまり「正解」のある問いとしてはちょっと出せない。



でも、自分なりの意見を書かせる自由記述問題としては出せるかも……しれない。



それにしても、子どもたちは、同じ文章を読みながら、頭の中にどんな父親と少年を思い描いていたのだろう。お互いの頭の中をのぞけたら、またもや、えーっ!となって盛り上がりそう(笑)。
……ちなみに私の頭の中の「父親」役は俳優の大杉漣さん。



そんなわけで、国語力とは、論理力。



低学年の国語力についても思うところがあったので、それはまた明日。




















この前、歴代の〈アイロンビーズ飛行機〉を、鼻歌を歌いながら並べていたよしくん。



この順序には、5歳児なりの、どんな論理(法則)があるのだろう(^ω^)。




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2015年7月27日 (月)

ラジコン人生


先週末は地元でお祭り。


としくんは、日中の野球の練習に差し支えるからと、お祭りの屋台で夕食用の焼きそばを買ったら早々に帰宅。そのストイックさにびっくり。


よしくんは、初めてのくじ引きでラジコンを引き当て、大喜び。







翌日は、早速近くの公園でラジコンの初走行。







コントロールが難しくて四苦八苦しながらも、思い通りに車を走らせる快感を味わう(^^)。







でも日差しに身を焦がされ、もうたまらんと、公園の川に飛び込む。







この暑さでラジコン遊びは辛いだろうなと考え、水遊びのできる公園を選んで良かった。







水遊び、ラジコン、水遊び、ラジコン……、朝からお昼すぎまでたっぷり遊び、午後は、お兄ちゃんの野球の試合の応援に。







試合の歓声をBGMに校舎の裏でバッティング練習を勝手に始めたよしくん。


言われたわけではないのに、


お祭りよりも試合のために身体を休ませることを選択した兄。


兄の試合に来て、バッティングの自主練を始めた弟。







試合の後の二人。何を話しているのかな。




その日の夜、ベットに横になったとしくんが、


「お母さん、この夏休み、何日かだけでいいから、せめて一日だけでもいいから、何も決めない日を作りたい。一日じゅうぼーっとしてみたい」


と、つぶやく。


ラジコンのコントローラーのように、子どもたちの夏休みの予定や行動を決めて、いろいろ準備してきたけれど、


コントローラーは自分で持ちたいし、たまにはコントロールしない、されない日があってもいいよね。


鏡の中の、すでに、いつになく真っ黒に日焼けした自分の顔に驚きながら、今年はどんな夏になるだろうと物思い。


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2015年7月22日 (水)

父の口ぐせ、母の口ぐせ











4年前に他界した父が闘病していた病院を久しぶりに母と訪れた今日。







日差しが暑く、病院までのちょっとした木陰がうれしい。







母も父と同じ病気の疑いがあって再検査。今日はその付き添い。







病院に行くまでの間、母といろいろ父の思い出話。







父の口ぐせは、「すばらしい」 。(その時のエピソードはコチラ →







母の口ぐせは、「息子たちの話をよく聞いておやり。聞いてもらえると、それだけで気持ちがすーっとするからね」。







そして、父と同様、母も私に言う。







「すばらしい娘がいるから安心だわ。いつ死んでも…」








私は、父の時と同様、








いやいや全然すばらしくない。何も満足にできない。まだまだ力不足。

必死に “だめな自分” をアピールしたくなる。








でも、母の口ぐせを思い出して、なんとか思いとどまる。








「聞いてもらえると、それだけで気持ちがすーっとするからね」。








私は、母の言葉にふんふん頷きながら、実家の庭の花がすてきだったことや、今日のお昼ご飯は何を食べようかなど、他愛のない話をする。








毎日毎日、そんな積み重ねで人生はできている。







実家のゼラニウムは真夏の日差しもなんのその。今日もあでやか。















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2015年7月20日 (月)

6月に読んだ本






前回(→)に引き続き、6月に読んだ本。





『ハケンアニメ!』
辻村 美月作(マガジンハウス)


タイトルに「アニメ」と書かれているけれど、漫画ではなく物語。
仕事をする人の内側が丁寧に描かれていて一気に読んでしまう。
こんな熱い思いで自分自身も仕事をしたいし、同じ志を持つ仲間とも仕事したい、と思える一冊。
ちなみにタイトルの「ハケン」とは「派遣」ではないところもポイント。
※2015年本屋大賞第3位



『うたうとは小さないのちひろいあげ』
村上しいこ作(講談社)


短歌を題材に高校生たちの人間関係や心情の機微がていねいに描かれていて、最初から引き込まれる。
一度生まれた不信感や相手との溝を乗り越えるのは現実的にはむずかしいこともあるけれど、「短歌」という素材を用いながら、登場の心情の移り変わりに寄り添うようなストーリーが展開されていて、読後感が爽やかで心地よい。
また、物語に出てくる高校生たちが作った「短歌」が、推敲されるごとに良くなっていくプロセスも「言葉」がどのように磨かれ、輝きを増していくのかということがわかって面白い!



『億男』
川村 元気作(マガジンハウス)


宝くじで3億円当てた男性の話で、人間の欲というものに向き合う内容。
前評判は高かったけれど、私には目新しさを感じるところは特になく、物足りなさを感じた一冊 >_< 。
※2015年本屋大賞第10位




『長田弘詩集 はじめに……』
長田 弘作(岩崎書店)


今年5月に、75歳でお亡くなりになった長田弘さん。
長年読売新聞の「こどもの詩」の選者を務められていたから、新聞を開くたびに、今回はどんな詩が載っているのだろう、どんなコメントが添えられているのだろうと楽しみだったことを思い出す。
長田弘さんの文章は、私立中学入試問題にもよく出される。詩よりも、論説文、随筆、説明文などのジャンルの著者として。
この詩集を改めて読んで感じるのは、長田弘さんの眼差しが、日常にとことん向けられているということ。
圧巻なのは、「戦争がくれなかったもの」というタイトルの詩。
今だからこそ、多くの人に読んでもらいたい。

抜粋して一部紹介すると、

「『……焼のり、焼塩、舐め味噌、辛子漬、鯛でんぶ、牛肉大和煮、
 ビスケット、バタボール、白チョコレート、コーヒーシロップ、
 ミルク、マーマレード、タピオカ、クラッカー、レモネード、
 紅梅焼、人形焼、人形町のぶつきりあめ屋の飴、草餅、
 小倉羊羹、砂糖漬けの果物、干菓子、干物類、黒豆』
 戦争にいった男の遺した、戦争がくれなかったもののリスト。」




『生活安全課0係 ファイヤーボール』
富樫 倫太郎作(祥伝社)


この本は、仕事ではなく好みで手に取った本。
登場人物のキャラクターと謎解きの妙が楽しめた。一気に読んで寝不足になった本。




『目の見えない人は世界をどう見ているのか』
伊藤 亜紗著(光文社新書)

帯にあった「『見る』ことそのものを問い直す、新しい身体論」や、「<見えない>ことは欠落ではなく、脳の内部に新しい扉が開かれること」という言葉がそのまま内容を端的に表していた。
たとえば、文章の中に大岡山駅で待ち合わせて目的地に行くまでのエピソードがある。目の見えない木下さんと一緒に目的地までの緩やかな坂道を歩いていた筆者は、「大岡山はやっぱり山で、いまその斜面をおりているんですね」と木下さんに言われて驚く。
これまで全くその認識がなかったからだ。筆者は気づく。確かに、大岡山の南半分は駅の改札を「頂上」とするお椀をふせたような地形をしていて、目的地はその「ふもと」に位置していることに。

見える人が、ふだん行き慣れている道に、俯瞰的で三次元的なイメージは持てないのは、見える人の頭の中は、道中の様々な看板や人の波など、「視覚的な注意をさらっていくめまぐるしい情報の洪水」にさらされていて、「頭の中に余裕(スペース)がない」からなのだ。

そんな筆者の驚きや新たに認識したことが随所に書かれていて、自分自身への気づきも多くあった一冊。



『登山と日本人 』
小泉 武栄作(角川ソフィア文庫)


2001年に書かれた文章が修正、加筆されて文庫化された本。内容的には今の「登山事情」とは違っている点もあると思うけれど、これからも登山を楽しんでほしい、自然を守るためにマラソンのように山を走るトレイルランニングはやめた方がいいなど、山を自然を愛する筆者の思いがひしひしと伝わってきた一冊。










今月も時間の隙間に読書いろいろ。







読んだ感想は、また来月 (^^) 。

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2015年7月16日 (木)

よしくんの女子力


七夕の願い事に、「やきゅうで ホームラン うてますように」と書くくらい、野球したり自転車に乗ったりと活発なよしくん。


まさに、ふだんは、ザ・男子。


最近、そのよしくんが “ 女子力 ” も上げてきた。


写真のポーズもやたら可愛くキメる(笑)。







保育園に行くと、スカートをはいて、おままごと。


この前は、半ズボンの女子に囲まれて、一人だけスカート姿(保育園にある、おままごと用のスカート装着)。







そして、あまりスカートをはかない私の服までコーディネート。


「きょうは、このスカートをはいて!」


「このネックレスにして!」


命令だけではなく、私が言われた通りのスカートをはき、ネックレスを身につければ、


「ママ、おひめさまみたい〜!」


と、ほめ上手 ^_^; 。


そんなよしくんに乗せられて、この前、初めてはいたスカートは、私の母が昔はいていたスカート。


そんな私をよしくんが撮影。


私が小学生のときに母が身につけていたスカートを、身につけている今の私。







実はこのとき、調味料がきれていて、味付けどうしましょーと必死に考えていたのだけれど……。


よしくん、お母さんにも、すこし女子力分けて〜





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2015年7月12日 (日)

カメの脱皮!


昨日、池のポンプを掃除していたら、近づいてきたペコちゃんの甲羅の一部の色が変わっていることに気づき、


もしや!


と思って、ペリッ。







気持ち良く甲羅がはがれる。


「やりたい!やりたい!」と、よしくんも、ペリッ!







これはカメの脱皮。


ここ数年、甲羅がはがれないなあ、成長がとまったかな? と思っていたら……


成長してた ^_^; 。


そして、次々にペリッ。







はがれた甲羅を膝から腿にかけて置いていく。







私の大腿部がだんだんカメに近づき(⁉︎)、ペコちゃんは古い衣を脱ぎ捨て、何だかスッキリ。







今回は、縁の甲羅も見事にペリッとはがれる。


いまだにすくすく元気に育っているようで何より何より。






でも、






カメの寿命に負けないようにしないと!!!



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2015年7月 8日 (水)

今年の七夕を巡るいろいろ


6月のある日。


保育園にお迎えに行くと、ずらりと壁に貼られていたのは、短冊状に切られたたくさんのプチプチシート。


そのプチプチ部分には色が塗ってあって、とてもキレイ ✨。


列ごと同じ色で塗ってレインボーカラーになっているもの、


プチプチのひとつひとつに違う色を塗ってあるもの、


ブロックごとに色が塗られてあるものなど、さまざま。


プチプチシートにこんな活用法があったとは!と、しげしげ見入っていたら、「あ、まだ途中なんです~!」と先生。


そうなんだ……。仕上がりが楽しみ!!!


そして、7月の初め。


出来上がっていたのは七夕の飾り。




↑よしくん作。


影にも色がついてキレイ~ (^^) 。


壁に飾られた、いろいろな表情の彦星さま、織姫さまにまたまた見入る。


今年の願いは……







「やきゅうで、ほーむらん うてますように」


小学3年生で入部するまで野球とは無縁の生活をしていたでお兄ちゃんに対し、よしくんには、野球がこんなに身近で具体的なイメージが描けるものなんだなあと、感じ入る。


そして、先週の土曜日の夕方は、夕涼み会。


今年は雨だったため、外ではなく、保育園の中で開催される。







野球の練習の後、卒園しておよそ5年ぶりに保育園を訪れたとしくん。


わ!小さい~! こんなに狭かったっけ!?


キョロキョロ見回しながら興奮。保育園の子どもたちにまみれてはしゃぐ(笑)。







そして、ゲームに燃える(笑)。







そんな週末を過ごして、昨日は七夕。


今夜も雨で、彦星さまと織姫さまは会えずじまいか……、などと思いつつ会社を出ると、


お母さん仲間からのSOS。


お迎え了解! 夕食も大丈夫だから安心して、とメールを返す。


いざという時に頼ってもらえることもありがたい。


お迎えを頼まれたのは、去年卒園した女の子。


よしくんが大好きで、姉のように慕うMちゃん。


駅に着いて、まずは学童保育へ。


学童保育を利用できるのは、基本的に小学3年生まで。


だから、としくんが卒所してから、3年ぶり。


今度は私が、懐かしい~!とキョロキョロ見回しながら、Mちゃんを引き取る。


その後、Mちゃんと一緒によしくんのお迎えに。あんのじょう、よしくんはMちゃんに大喜び。


こりゃあ、まるで久しぶりに会えた織姫さまと、彦星さま☆。


七夕の日に再会を喜ぶ二人の姿が微笑ましい。


ということで、あまり食材がなかったので、夕食はオムライスのワンディッシュ。


それでも、ちょっと人参で七夕風に。







嬉しくて楽しくて、よしくんは一口食べるごとにでんぐり返し ^_^; 。


両側のお兄ちゃん、Mちゃんに、「食事中!」と何度も注意される(笑)。


「まるで、としくんがお父さん、Mちゃんがお母さんみたいだね」と言ったら、


「じゃあ、お母さんは “ おばあちゃん ” ということで!」


としくんがニヤリ。そんな今年の七夕の夜。


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2015年7月 7日 (火)

同じ道


朝から雨がシトシト降っていた土曜日。


10時を過ぎたころから曇り空。


助っ人として来てくださっていたOBコーチの粋な計らいで、ボールを打つ役目を仰せつかり意気揚々のよしくん。


何度かお兄ちゃんの守るマウンドに向けてバットを振る。







文句も言わずにボールを受けてくれた6年生チームのメンバーに感謝。


なかなか思うようにボールが飛ばなかったことが悔しかったのか、お役御免になった後、打席に立つお兄ちゃんの後ろで、密かにバッティング練習を始めたよしくん。







とにかく負けず嫌い。常に兄をライバル視。


そんな姿を見ながら、この前、職場の先輩に言われたことを思い出す。


きょうだいが複数いたら、


例えば、
Aちゃんはピアノが得意、
Bちゃんは空手、
Cちゃんはスイミング、
というように、秀でているもの、好きなことが別々だと、年齢に関係なく、お互いが一目置ける存在になれるからいいよ。


きょうだいで、同じことをさせるのは、結構大変。本人たちは周りから比べられてしまうし、きょうだいでありつつライバルというのは辛いものだよと。


確かに。


でも、としくん、よしくんは野球が好き。


これから苦労するかもしれない……な。


そんな複雑な思いで、二人を、校庭の少年たちを見つめながら、野球チームの見守り当番。


練習が終わって帰り道、自転車のお兄ちゃんを追いかけて走って転んで大泣きのよしくん。


お兄ちゃんのちょっとしたアイディアで、すぐに泣き止み、満面の笑みになったよしくん。


そんな二人を見ていたら、好きな道を共に歩むのも悪くない、急にそんな思いがこみ上げる。


良き理解者、良きライバル。


これからも、私はそんな二人を後ろから見守ろう。







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2015年7月 4日 (土)

劇団四季 こころの劇場


先月末の夕食時。


としくん
「明日、お弁当だから、忘れないでね!」



「えっ! 給食ないの!?」


としくん
「そう。明日は学校で劇団四季を観に行くの。」



「すごい! 何を観るの?」


としくん
「……知らない」



「どこまで行くの?」


としくん
「……わからない」



「……。じゃあ、報告楽しみにしてるね ^_^; 」


次の日の朝、とりあえず、パパパッとありあわせのものでお弁当作り。


「劇団四季」と言えば『ライオンキング』がパッと思い浮かんだので、


この前思いついた、クマからのライオン(→ )にしようと、またまたゆで卵のお世話になる。
たてがみは魚肉ソーセージ。







そして、どこへ何を観に行くのかしら?と気になりつつ、出勤。


その日の夜。


♫ 真実を~、真実を~、はっきり言おう~ ♬♩


歌いまくるとしくん。


今日は、浜松町まで『王子とこじき』を観に行ったのだと言いながら、としくんの心は未だに浜松町の劇場の中(笑)。







とにかく、めちゃくちゃ面白かった、すごく良かった!と、リーフレットにも載っていたという劇中歌を何度も繰り返し歌いながら余韻にひたる。







昨年、学芸会でのとしくんの学年の演目が『ライオンキング』だったこともあり、としくんは演技のヒントを得るために、劇団四季の『ライオンキング』のプロモーションビデオをYouTubeで何度も観ていた。


でも、パソコンの画面で観るのと、劇場で観るのとでは、全然違う。


一度は生の「劇団四季」を観せてあげたい(私もまだ観たことない…)と思っていたけれど、親子で実際に行くには遠く、値段も安くなく、機会も合わずで、結構ハードルが高かった。


今回、としくんが「劇団四季」を観に行けたのは(しかも無料で)、大型児童招待事業である「こころの劇場」によるもの。


「こころの劇場」では、多くの企業や団体が協賛の元、都内の小学6年生を対象に、児童期に身につけておくべき精神や道徳をメッセージに織り込んだ作品が上演される。


やはり、実際に目にした時の影響力の大きさは、としくんの様子からよく伝わってくるので、このような機会に恵まれ、本当にありがたいと思う。



「とても面白かったみたいで良かったね!
で、どんなお話だったの?」


としくん
「人は見た目で判断しちゃいけないという話」


なんてシンプルなまとめ方 ^_^; 。
まあ、その通りなんだけど。


劇団四季ミュージカル『王子とこじき』の原作は、「トム・ソーヤーの冒険」「ハックルベリー・フィンの冒険」などの名作を世に送り出した文豪マーク・トウェインによる「王子と乞食」。



物語は、王子エドワードとこじきの子トムがひょんなことから出会い、お互いの洋服を取り替えることからはじまる。



同じ年、同じ日に生まれたこのふたりの少年は、まるで双子のように顔や姿形がそっくり。見た目でしか判断できない大人たちは入れ替わったことに全く気づかず、そのためふたりは様々な事件に巻き込まれてしまう。



というのが詳しいストーリー(劇団四季のHPより)。



7月25日(土)からは自由劇場にて、恒例の夏休みミュージカルとして公演されるということなので、オススメです(^^)。











ちなみに、としくんが気に入って歌いまくりの劇場歌は、あの石坂浩二さんが作詞。

そして劇の台本を書いたのも石坂浩二さんと知り、びっくり。お宝を鑑定したり、水戸黄門をされたり、作詞や台本も書かれる石坂浩二さん。なんて多才なお方なのでしょう……



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2015年7月 1日 (水)

ぼくらのコンサート

前回(「尾澤瑞樹先生」の記事→)の続き。


「尾澤先生って、どんなところがすごいと思う?」


先週、何気なくとしくんに聞いてみたら、


あまり悩むことなく、すっと返ってきたその答えにビックリ!!!


「えーと、欠点がないところ」


しかも真顔。


す、すごい!!!


何たる信頼感!!!


続けて、「この前のコンサートは出て良かった?楽しかった?」と聞いてみると、


これまたあっさり、「うん。楽しかった!」と即答。


あれほど嫌がり、頑なに出るのを拒んでいたのがウソのよう。


本番のおよそひと月前、


ピアノの発表会(今年度の名称は「ぼくらのコンサート」)に出ませんかと打診されたときのとしくんは、


一瞬にして背中を丸め、全身の毛を逆立たネコになる。


「絶対に出ない!死んでも出ない!」の一点張り。


無理強いさせてもいいこと無しと、親も本人が嫌なら今回はパスしようと思っていた。


なのに、


そんな親の思いを伝えようと、「としくん、あのさ、ピアノの……」と言っただけで、


シャー!と爪を振り上げ、威嚇してくるとしくん ^_^; 。


これほどまでに人前で恥をかきたくない、失敗したくないという気持ちが強いのかとこちらがびっくりするほど。


ところが、その一カ月後の本番の舞台。


壇上には、ピアノではなく、鉄琴を奏でるとしくん。そして、その横には足踏みと手拍子でコンサートに参加したよしくんの姿 (画面左の二人。画像は加工してます)。







一つの曲を複数の子どもたちが弾きつなぐ、その名も “ 連弾運動会 ” という楽しい趣向のプログラムに参加させていただいた二人。


「ぼくらのコンサート」は、会場のお客様に楽しんでもらいたいという趣旨のもと、こうした楽しいプログラムあり、チェロとピアノのアンサンブルあり、もちろん、子どもたちの見事なソロ演奏ありと、バラエティ豊かな内容で、見るもの聴くものの心をしっかりつかむ。


何より感動したのは、尾澤先生の門下生の皆さんが音楽と真摯に向き合っている姿。親や周りのお仕着せで弾いているのではなく、「自分」がしっかりある演奏で、本当に感動させられた。


一緒に行った母と、これまでとしくんが通っていた大手のピアノ教室の発表会とは質もレベルも全然違うね、と顔を見合わせて驚く。感銘を受ける。


ピアノが嫌なら他の楽器でもいいし、こんなのどう?と、そっと背中を押してもらえたおかげで、怖れと不安で頑なだった心が少しずつほぐれ、最後は本番を楽しみ、参加して良かったと思えたとしくん。


これって、やはりすごいこと。


「ぼくらのコンサート」は2年に1回。


子どもたちの演奏が本当に素晴らしかったのは、


一人一人に尾澤先生のそんな眼差しが注がれているから。


ところで、この夏、8月31日(月)に、相模大野で尾澤先生のリサイタルがあるようです。
かなりオススメです (^^) 。







○尾澤瑞樹先生の演奏動画はコチラ →
(ショパン:ノクターン 遺作 嬰ハ短調
~都筑区制20周年記念コンサートより アンコール曲~)

○尾澤先生のブログはコチラ →


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