カテゴリー「教育・学び」の41件の記事

2018年4月10日 (火)

世界に一つだけの花 〜中学入試問題の人気者〜


職場では、国語の入試問題の出典元になった書籍の、出題された部分に付箋を貼る。





そして、文章のどこが、いつ、どの学校で使われたのかわかるように、出題校と出題年度を記す。





たいていの本は、付箋が1、2枚。でも、中には、たくさんの付箋で彩られる本も。同じ場所が複数の学校で出題されることもあるから、付箋の数は学校の数とイコールではないけれど。




現在、書棚で、見事なビラビラを身にまとい、存在感を示しているのが、この本(↓)





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2018年4月 6日 (金)

一字違いで満開に 〜2018 学世田中の入試問題〜





今週はじめに出かけた先で、花見酒ならぬ、“花見牛乳” を楽しむ次男(笑)。





中学入試から早2ヵ月。





ご縁のあった学校での生活がいよいよ始まることに、子どもたちは今、ワクワク? ドキドキ? どんな気持ちでいるのだろう。





それにしても、関東では入学式の風物詩とも言える桜は、開花が早かったこともあり、もうだいぶ散ってしまった。





やはり桜の華やかさは、ほんのいっときなのだなあとしみじみ。





そういえば、そんな桜の華やかさの “ふしぎ” に迫った文章が、中学入試問題に出ていた。




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2017年2月26日 (日)

めしあがれ♪ 〜2017 開成の中学入試問題〜


あっという間に2月も下旬。


仕事の忙しさのピークは落ち着いたものの、今度は次男の卒園式後の謝恩会準備でバタバタ中sweat01


ところで、今年の中学入試問題を振り返ってみて、改めて面白いなあと思った問題がコチラ →

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2017年2月12日 (日)

屋久島旅行と中学入試


2016年の終わりに行った屋久島、種子島。


あれからもう1カ月以上も経っているだなんてsweat01


年明けから始まった中学入試もひと段落。


今年も目にした様々な問題の中で、「屋久島」に再会して懐かしむ。



続きは、コチラ →

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2016年9月 5日 (月)

子どもの権利ノート







今日は「東京都子育て支援員研修」。


講師を務めてくださった先生は、亡父の面影率30%で、なんだか思慕の念を抱きつつ。


今日一番印象に残ったのは、東京都の「子どもの権利ノート」に書かれている次の文言。
以下抜粋。


・あなたは、この地球に一人しかいない、とっても大切な人です。


・そんなあなたには、大きな夢や希望を持ってほしいと思っています。そして、幸せになってほしいのです。


・だから、あなたが、つらいとき、苦しいとき、悲しいとき、なやんでいるとき、どんなときでも、あなたのそばで、心配したり、おうえんしたりします。
そして、うれしいときは、一緒によろこびたいと思っています。


・わたしたちは、心や体にしょうがいを持った人も、赤ちゃんも、子どもも、お年よりも、大切にしたいと思っています。


・そして、みんなが平和で幸せだと思える社会にしたいとがんばっています。
あなたも、あなたのやさしさや思いやりの心で、てつだってください。





こんな言葉を、子どもたちにはもちろん、大人たちだって掛け合えるといいなと、すごく思う。


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2016年7月 7日 (木)

IB(国際バカロレア)クラス 〜時間割〜


毎日毎日、怒涛の日々。


特に、IB(国際バカロレア)クラスに進学した長男は、毎日がちんぷんかんぷんの英語漬け。


入学してからのこの3カ月、わが子ながらよく頑張っていると思う。


思えば3ヶ月前、まず驚いたのは配布された時間割。


科目を表すところに書かれていたのは、こんなアルファベット。


MTH
I&S
P.E.
JPN
ENG
SCI
TEC
MUS
H.E.
ART
LHR


「これ何?」と聞かれ、「JPNは、ジャパニーズのことだから、国語の時間!」


と、一つひとつ解読していく。そして、P.E.がようやく体育だとわかったものの、I&Sや、LHRはなかなかわからず。


うなったり検索したり首をかしげたりしている私の横で、次の日に持っていくテキストすらわからず、じりじりする長男。


そして、学校の授業では、ネイティヴの先生から容赦ない英語のシャワー。小学校時代は、コミュニケーションスキル重視の楽しい英語の授業はあったものの、それ以外は何もしていなかったので、まさにちんぷんかんぷん。


「これです、あれです」とか英語でなんて言うの?」
「自分のことや相手のことを英語でなんて言えばいいの?」


途方に暮れた長男から頼まれ、“明日から使える” を目指した簡単なポスターを超特急で作る。







本当は、本人がこうしたものを作るのが一番いいとはわかっていたものの、英語の辞典や参考書はあっても情報が多くてよくわからない。でも、明日からすぐに使えるようにならないと本当に困るという切実さが長男から伝わってきて、ほだされる。







作ったポスターや、役立ちそうな資料を渡すと、早速「すぐ目につく場所に貼っておこう」と言って、自分のベッドの壁に貼る。







ただしかし、英語はわかっても意味がわからないということがあることも様々体験。


この話はまた次回に(^^)。






ちなみに、I&Sは、I&Societyの略で、おそらく「社会科」。LHRは、ロングホームルームのことでした(^^)。









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2016年2月 9日 (火)

失敗 〜桐朋の巻〜

日曜日出勤して、最初に受けた電話で目の前が暗くなる。


電話が告げたのは、自分のしでかしていた重大なミス。


もはや手遅れ。お詫び以外どうすることもできない失態。


起こるはずのないことが起きると、ダメージは大きい。


そんな「失敗」について、受験生に直球で問いを投げかけていたのが、今年の桐朋中の国語の入試問題


まずは文章。




誰かに何かを教えたいときには、初めから丁寧に教えるのが効率がよいとは限りません。

失敗は成功のもとといいますが、
“失敗してもいいからやってみよう”という失敗と、

“絶対成功させてやる!”という気持ちのもとでの失敗は、まったく別物なのだと思います。

後者の失敗では大きなショックを味わいますが、そこから学ぶことは非常に大きいのです。
※『教えてくれたのは、植物でした』西畠 清順著(徳間書店)より





そして、問題。




傍線部では、二種類の「失敗」が話題になっている。

君自身は今、どちらの「失敗」が大切だと考えているだろうか。

君自身の経験を例にしながら、できるだけくわしく述べなさい。





「君自身」「今」という言葉が胸を貫く。


「日本人」や「ほかの誰か」でなく、


「過去の失敗」や「これからのこと」でもなく、


まさにテストに取り組んでいる「今」、「君自身」が考えていることを問うている。


桐朋中の先生から見つめられているような、そんな錯覚さえ覚えた問題。


受験生はどんな「今」の想いを綴ったのだろう。







さて、私のしでかしていたミスとは、恐ろしい漢字の誤変換。


たとえるなら、この「一輸の花」。









そう、「一の花」となるべきところが「一の花」になっていたのに気づかないまま、世に送り出してしまった……そのようなミス。


まったく人間の思い込みというのは恐ろしい。


私はこの失敗を次にどう生かそう。


この輪と輸以外にも、


姿と婆、校と枚、侍と待、助と肋、城と域、官と宮、蓄と畜、薄と簿……など、形の似ている漢字は結構多い。


とりあえず、手元の注意すべき校正のポイントメモに、今回見逃した漢字を書き加える。


ちなみに、先ほどの写真は、通勤途中に目にとまった可憐な花。


普段は見過ごしていたのに、ふとその色合いや、花びらの整然とした形の美しさに目を奪われ、撮ったもの。


まるで道端から声援を受けているようで嬉しかった。


今年の中学入試問題には、受験生の出来たことではなく、受験生の存在そのものにエールを送っているかのような問題もあって心が動かされた。


その紹介はまた次回。








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2016年2月 7日 (日)

ガラリ 〜開成の巻〜

ハッと気づいたら、いつも間にか水槽がジャングル。







昨日、ようやくメンテナンスできて、スッキリ!見た目も雰囲気もガラリと変わる。







前回紹介した、雙葉で出題された国語の文章では、“見るたびに「別もの」になった”ものが書かれていたけれど
(記事はコチラ→)、


同じ文章なのに、問われることで、見た目も雰囲気もガラリと変わったかのような印象を受けたのが、開成で出題されたこの文章とその後にあった問題。




高台に立つ高校に通っていた。

高台にあったから、眺めは良かった。


山肌にぎっしりと建てられた家々と長崎港を覗き込むように眺められた。

港には造船所のドックがあり、五島列島や上海へ向かうフェリー乗り場があり、ガスタンクがいくつか並んでいる。

普段は大きな港なのだが、年に何度か外国の豪華客船(クイーンエリザベス号など)や、大きな帆船が停泊すると、その港は急に小さく見えた。

(略)

しかしこの時初めて、「つまんない」という生の東京弁に僕は接したのだと思う。

中学の頃、Kさんを苛めたという同級生たちの顔が浮かんだ。そこには十四階建てのビルをバカにされたような気がした自分の顔も混じっていた。

高台にあった学校からは長崎港が見下ろせた。

普段は大きな港なのだが、年に何度か立派な船が停泊すると、港は急に小さく見えた。


※『とっさの方言』(ポプラ文庫)より「つまんない」(吉田修一)




きっと、ただ読むだけなら気づかないかもしれない。


開成の先生は、受験生にこう問いかけていた。



傍線の二つの文は似ていますが、それぞれの内容には違いがあります。それはどのような違いですか。説明しなさい。



問われることで、改めて表面には出て来ていない筆者の想いに光が当たる。


同じような言葉が使われている二つの文。


同じと言えば同じ。でも、開成の先生は、はっきり内容には違いがあると言い、受験生がその違いを説明できることを期待している。


写実的で客観的な描写と、観念的で主観的な描写。


問われなければ通り過ぎていたかもしれないその違いを示唆されることで、捉えられる文章の奥行きも違ってくる。


作問者の眼差しに何だか感動する。







そして、さらに受験生に対して直球の投げかけをしてきていたのが、桐朋中の国語の問題。こちらは今度ご紹介。








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2015年10月 6日 (火)

ピアノの教え方


なかなかドレミの鍵盤の位置が覚えられないよしくん。


ひらがなも読めない生徒に、ピアノの先生はどんな風に教えるのかなと思っていたら、


まずは、どんぐりのド、レモンのレ、みかんのミというように、絵と対応させる。


それから、色の付いた付箋紙を鍵盤や譜面に貼って、色と位置を対応させる。









自宅でも付箋紙を鍵盤に貼って同じようにやってみる。


そろそろ鍵盤の位置を覚えたかな?
と思っても、レッスンに行って自分でドレミの位置にその音を表す付箋紙を貼ることはまだできず。


よしくんも、自分はまだわからないという自覚と、できないことに引け目を感じるのか、先生の説明がポイントに差し掛かると、変な質問をして話題を逸らしたり、他のことに興味を示してその場から逃げ出したり。


付き添いで行く親の立場からすると、そんなよしくんの様子に、ハラハラ、イライラ ^_^; 。


でもある日、「ピアノの中ってどうなってるの?」というよしくんの質問に、実際にピアノの中の様子を見せてくれたことで応えてくれた先生。







目がキラキラのよしくん。ここはどうして?あそこはなんで?とさらに質問責め。


一つひとつ丁寧に応えてもらい、満足したのか、それからは少しだけ真面目にレッスンを受ける。





こんな風に紡がれていく先生との信頼関係。





甘やかすのとは違うと感じるのはなぜだろう。


きっと自分が好きなピアノのことを生徒にもっと教えたい、伝えたいという先生の思いが生徒に伝わるからかもしれない。


ピアノを教わりながら、先生の様々なアプローチによって耕されていく生徒の心の畑、そして、撒かれる種。


種まきされても、いつ芽が出るのかどうかはわからない。もしかしたら、出ないかもしれない。


でも、耕され、様々な種が埋まっていると思うと、なんだかそれだけでワクワクする。







よしくんも、としくんも、いい先生に出会えたね。


ちなみに家では、付箋の貼られた鍵盤に、「指がすべってうまく弾けないし、ジャマ!!!」だと苛立っていたとしくん。







よしくんには促進剤となることも、としくんにとっては阻害要因。


「ちょっとの間、辛抱してね」となだめていたけど、レッスンでの先生の対応を見ていたら、指の当たらない黒鍵の横に付箋をスライドさせたり、その都度付箋を貼ったりすればいいだけのことに今更気づく……。


そんな単純なことに気づかないなんて。


見方が凝り固まってしまいがちな親の心も耕される日々 (^^)。






そんなピアノの先生、尾澤瑞樹先生についての過去の記事はコチラ →

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2015年7月31日 (金)

低学年の国語力



読める子と読めない子の差が激しいのが低学年の子どもたち。



「読める」というのは、頭の中に読んだ内容が具体的に思い浮かぶかどうか。



ふだん動画やテレビを見るなど、映像が目に飛び込んでくることに慣れている子どもたちは、情報が向こうからやってくるということに慣れているということ。つまり姿勢が受け身。



だから、文字情報から能動的に情報をとらえる感覚がよくわからなかったり、文字がただの「しみ」になってしまっていて、意味が頭に入ってこなかったり。



それは私たちが読み慣れていない「古典」や「漢文」、「専門書」を読んで、内容が頭に入ってこないという感覚と近いのだと思う。



でも、好奇心のかたまりなのが子どもたち。興味を持ったり、もっと知りたいという気持ちが芽生えたりすると、ふだん使わない言い回しを少し変えて伝えたり、読み聞かせたりするだけで、ぐいぐい文章を読み進められるから頼もしい。



そのときの授業であつかった文章には「亀」が登場したので、わが家のアイドル、ポコちゃん、ペコちゃん(ペットの亀)のエピソードを話して、子どもたちが亀に興味を持ったところで文章を読む。



それでも、まだ文章が読めていないなということが、よくわかるのが「ぬき出し問題」に取り組んだとき。



今回取り組んだ「ぬき出し問題」は、作者はこの夏どのような毎日をすごしたのですか?といったような質問に、文章中にある「カメとの楽しい夏の日々」という言葉をぬき出して答えるもの。



低学年の子どもたちに、こうした「ぬき出し問題」を取り組ませることがふさわしいかどうかは置いておき、「ぬき出し問題」が苦手で、点が取れない子どもたちはびっくりするほど多い。



「ぬき出し問題」を前にした子どもたちの反応は、かたまる、うろたえる、あきらめる(笑)。



ひとりだけ、「あ、それって、文章のここらあたりに書いてあったかも!」と目星をつけた部分を読み返す。



そう、「ぬき出し問題」は何を問われているかがわかった上に、答える内容の具体的なイメージと、それが大体文章のどこらあたりに書かれていたかという目星をつけられるかどうかがポイントになる。



そうでないと、「十字」や「十五字」といった具体的だけれど内容不明の手がかりだけを頼りに、文章をやみくもに探すことになってしまい、その努力の多くは徒労に終わってしまう。



私が過去に見た生徒は、「七文字の言葉をぬき出して」という部分を読むなり、七文字分の長さを指ではかり、その指をものさしにして、ちょうどぴったりのフレーズがないかを頭からさがし始めた。



さて、今回あつかった「ぬき出し問題」で答える「カメとの楽しい夏の日々」。



文章中には、作者の「わくわく」した気持ちや、「カメのえさやりが好き」だったことなどが生き生きと書かれていたから、子どもたちは、もちろん作者がカメと楽しくすごしていたことは読み取れている。



でも、そのことがまとまって書かれている11字の言葉を見つけて、書き写すとなると別次元のようで、「わからない~!」「できない~!」「どうすればいいの~!」のオンパレード。



そんなときは、わかることから少しずつ。



そんなこんなで、わかった! そこか! という言葉が徐々に増えていく。



低学年の子どもたちに大切なことは、国語に苦手意識を持たせないような工夫。



そして、低学年の国語力は、慣れと興味と面白さで、確実に伸びていく。



そんな子どもたちの姿に私も刺激を受けて、「明日の仕事」もがんばろうと意欲が芽生える。


















ところで、私のデスクの上には、よしくんからプレゼントされたリスさん。



「おかあさん、リスさんは?」

「おかあさんの会社にいるよ。きょうも、いっしょにお仕事してくるね」



ときどき、よしくんに聞かれ、いつも同じ答えを返すと、よしくんは満足げ。



リスさん、これからもよろしくね。






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